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シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第八話

 

ハンの者たちが圧倒的なリードを保ったまま、時計は朝の六時を回った。あと一時間ほどで、夜明けを迎える。
「もう充分たい。カタハネたちも、ここから夜明けまでに挽回することはできんやろうけんな」
陰の玉はカタハネたちが持っていたが、これからどんな策を弄しようが、逆転などできはしないだろう。
「博君も、ようやってくれたね。こいだけやったら、もう、よかよ」
ハンの者たちが、そう言って博をねぎらった。車を降りた博は、背を向けてスタスタと歩きだした。
「ちょっと、博君。どこに行くとね?」
博は何も言わずに、姿を消してしまった。何かこの状況に、覚えがある。博が急に態度を変える時……。
「よかよ、だ! しまった!」
博は、高校の頃の「よかよ」事件のトラウマで、「よかよ」が自分に向けられると、暴走モードに入ってしまう。
その時、カタハネたちの乗ったゴミ収集車が、猛スピードで東の方に向けて走り去った。
「なんか、あいつらは……? 最後の悪あがきばするつもりかいな」
ハンの者たちは余裕の表情で、追いかけもせずに見送っていた。だが、かなめだけは違った。
「あの先頭のゴミ収集車……。博君が乗っとったよ!」
かなめの言葉に、ハンの者たちは呆然としていた。
「博さんが、カタハネたちの側に寝返ったっていうこつか?」
今の博は「暴走モード」になってはいるが、博多についての知識は人一倍持っている。
「何か、博君が秘策を持っとるとかもしれん」
最高の「参謀」が敵に回ってしまったのだ。カタハネたちの向かう先を偵察してきたハンの者のゴミ収集車が戻ってきた。
「カタハネたちは、東区の方さん行ってしもうたばい」
「もしかして、筥崎宮に行ったとか? 夜明け前に筥崎さんに行ったっちゃ、何も起こらんとに」
「いや、筥崎さんも通り過ぎて、まあだ東に行ってしもうたとたい」
いったいどこに行ったんだろう。それは、博のアイデアなのだろうか。
「まあ、このままあいつらが陰の玉ば持っとこうが、逆転はできんけん大丈夫たい。夜が明けたら陰の玉は筥崎さんに戻しに行って、そん時に怨念も昇華されるたい」
ハンの者たちは、自分を納得させようとするように、そう言った。

東の空が、少しずつ明るくなっていった。黎明だ。
「夜明けまであと三十分ばい。もう大丈夫やろう」
ハンの者たちも、ようやく安心したようだった。
「まぶしかぁ。もう朝日が昇ったと? あれ、違う、あの光って……?」
光り輝く「何か」が、陰の玉と共に、東から道路を突き進んできた。
「あれは……、どんたくの花自動車!」
香椎宮からの帰りに、西鉄の営業所で見かけた花自動車だ。カタハネたちのゴミ収集車が、護衛するように周囲を囲んで走る。
「花自動車ばどうするつもり? ヤケクソになったと?」
花自動車を持ってきたからって、それが「博多」側の得点になるとは思えない。首をかしげるかなめの横で、ハンの者たちが青ざめていた。
「いや、あれは花自動車やなか……。花電車たい!」
言われてみれば確かに、地面に接するのはタイヤではなく車輪だし、上空に向けてパンタグラフが伸びている。
「花電車って……、市電が走りよる頃の話でしょう? 今は、市電は廃止されて、線路も架線も無かとに……」
そこに、偵察に出ていたハンの者の第二陣が戻ってきた。
「あいつら、花自動車ば西鉄の営業所から持ち出してきて、千鳥橋交差点の、市電の魂と同化させたとたい」
「花自動車ばヨリシロにして、花電車ば復活させたってこつか?」
魂だけの存在の千鳥橋交差点の市電は動けない。それに花自動車という動ける「足」を与えたことで、花電車として復活させたようだ。
「しもうたぁ! そげなやり方があったとたい」
「な……なん? どげんしたと?」
花自動車が花電車に変わったからって、恐れる理由など、何もないはずだ。
「渡辺通りは、市電ば通すために渡辺さんが作った道路やけん、市電とは結びつきの強かとたい。もしかしたら、聖域に入れるかもしれん」
どんたくは、もともとは博多のお祭りだ。そのお祭りに馴染みの深い花電車が、「聖域」である渡辺通りを走ったら……。
「渡辺通りば玉ば転がされたら、逆転されっしまうばい!」
ハンの者たちは、慌ててゴミ収集車に乗り込んだ。花電車の進軍を阻むように、道を塞いだ。まるで騎馬武者同士の合戦のようだった。
「パンタグラフが、光っとるよ!」
花電車から伸びたパンタグラフが、火花のように光を飛ばした。市電が廃止された今の道路には、架線などもちろん存在しない。パンタグラフを伸ばしても、電気が供給されるはずがないのに。
「あれは電気の光じゃなか! 怨念の光たい!」
「怨念の光?」
「あれは……博多市の怨念ば吸い取りよるとたい!」
博多に縁の深い花電車の出現が、大地の奥底の怨念を呼び覚ましたのだろうか。周辺の大地から立ち昇った怨念の光が、避雷針に呼び寄せられる雷のように、花電車に吸い寄せられてゆく。そのたびに、花電車の輝きが増す。
ハンの者たちは、必死に花電車の進撃を止めようとする。だが、よみがえった花電車の力は強力で、カタハネたちのゴミ収集車の防御もあって、近づくことができない。
「どげんもこげんもならん! 花電車の力が強すぎるばい」
ハンの者たちは、牛にたかるアブのようなものだった。かつての市電の跡に沿って進み続けた花電車は、那珂川の橋も渡り、ついに、渡辺通りへと入った。
その瞬間、花電車に集められた怨念の光が、二倍にも三倍にも増幅された。
「な、何かおかしかよ!」
かなめが乗った車や、周囲のハンの者たちの車が揺れだした。何だか、上から掃除機で吸われているような揺れ方だった。
「怨念が! 怨念が吸い出されよるばい!」
花電車のパンタグラフに、せっかくハンの者たちが集めた怨念が吸い込まれてゆく。ハンの者たちは、慌てて車を離そうとするが、花電車は強力な磁石のように、ハンの者たちの車を離そうとしない。見る間に、怨念が残さす引き剥がされてしまった。
「夜明けだ!」
東の山の向こうから、一筋の強い光が差し、朝が訪れた。夜明けと共に、「博多市の怨念」を奪い合う、カタハネとハンの者の「玉せせり」は終わる。
「負けっしもうた……」
ハンの者たちが、がっくりと肩を落とした。単に負けただけではない。集めていた怨念まで、根こそぎカタハネたちに奪われてしまったのだ。
「お告げの声に応えられんやった……」

カタハネたちのゴミ収集車は、怨念の光を満載して、意気揚々といずこかへと走り去った。一人、車から降りた博が、フラフラとした足取りで周囲を見渡し、座り込んだ。今になって正気に戻り、自分のやったことに愕然としているんだろう。
「博君! なんて事ばしでかしたとね!」
いくら、禁断の「よかよ」を聞いたからって、やったことの影響が大きすぎた。
「いい加減にせんね! 高校の頃のちょっとした失敗ば、いつまでも引きずってから」
「な、な、な!」
博が顔をゆがめ、唇をわななかせた。
「お、お前、俺のことを弄んだくせに! それを……、それを、ちょっとした失敗だなんていうのか?」
「な、なんば言いよると?」
「歩射祭の時だよ! 気があるふりして近づいて、俺をその気にさせてから、あの言葉を使って、手ひどく振ったくせに!」
「振った? 博君を? うちが?」
かなめはOKの返事をしたのに、消えてしまったのは博の方だ。
「まだしらばっくれる気かよ。俺の手を、嫌って言って振りほどいたじゃないか!」
博の告白に「よかよ」と応えたと同時に、光の矢が襲った。それで思わず「いやっ!」と手を離してしまった。
「ちっ、違う、博君、あれは……」
「お前に裏切られて、俺は何もかも忘れて、勉強と仕事にうちこんできたんだ。八年経って、やっと克服して博多に戻ってきたってのに」
今までずっと、博の「よかよ」のトラウマは、「文化祭よかよ事件」のせいだと思っていた。だけど博にとって、それはきっかけに過ぎず、むしろかなめの「よかよ」が、決定的な引き金を引いていただなんて……。
「博君、それは誤解やけん。うちはずっと……」
「今さら言い訳なんかするなっ。お前がそんな風に、自分のやったことをけろっと忘れて、俺に近寄ってくるから、いつまでもトラウマから抜け出せないんじゃないか! かなめにとっては、大したことない昔のことかもしれないけれど、俺にとっては、今も心に突き刺さったままのトラウマなんだ!」
話も聞かずに指を突きつける博に、かなめはもう、説得する気を失ってしまった。
「博君の馬鹿っ! もう、話ば聞かんなら、好きにすればよかよ!」
思わす口をついてしまった、「よかよ」って……。
「ま、また言ったなぁーっ!」
博は、怒りに我を忘れたように立ち上がった。
「博多なんか、博多なんか、ぶっこわしてやるーっ!」
博はそう叫んで、駆け去ってしまった。

周囲には、うなだれて力を失ったハンの者たちが残されていた。
「カタハネたちは、どこに向かったと?」
ハンの者たちは、その場所を口にすることをためらうようだった。
「……昔の博多驛たい」
ようやく一人が、声を絞り出すようにして言った。
「えっ、それって、あの公園?」
地下鉄祇園駅近くの、博が公園デザインをする場所だった。
「アタシたちは、あの場所には近づけんたい。かなめさん。様子ば見てきてくれんね」
「うん、わかった」
かなめは、一人で旧博多驛跡の公園に向かった。ビルの陰から、そっと様子をうかがう。「九州鉄道発祥の地」の動輪のモニュメントの上空で、カタハネたちが運び込んだ「博多市の怨念」が不気味に光り輝く。光っているのにその場が暗くなるような、邪悪な光が渦を巻いている。モニュメントの前に、カタハネたちが整列して居並んだ。
「驛長よ、出でたまえ!」
カタハネたちが唱える。怨念が、地面の下に吸い込まれていった。それと同時に、モニュメントの前に、一人の「人物」が出現した。黒の詰襟姿だが、学生服よりもずっと重厚で、威厳を感じる。そして、制帽と、袖口にあしらわれた、三本の線。
「驛長のお出ましだ!」
カタハネたちが、「驛長」なる人物を迎えた。この、今は存在しない昔の博多驛を守る存在なのだろうか。にわかのお面を付けた面々が「驛長」を前に居並ぶ姿は、奇妙な宗教儀式のようだった。
「カタハネたちよ。よくやってくれましたね」
服装そのままの威厳のある言葉が、カタハネたちに向けられた。
「せいもん払いでは、ハンの者たちに後れを取りましたが、今回は見事に大量の怨念を集めましたね。あと少しです。あと少しで、念願の博多市が実現するのです!」
驛長は、カタハネたちに、ねぎらいのまなざしを向けた。
「三年前の十一月八日……。私の力が及ばないばかりに、博多市の怨念が暴走し、現実世界に大きな影響を与えてしまいました」
驛長は、後悔のにじむ声で、そう言った。
「三年前の十一月八日って……、陥没事故の日やないね!」
かなめがあと一歩で命を落としかけた、博多駅前の陥没事故だった。謎の事故の原因が、まさか博多市の怨念のせいだったとは……。
「ハンの者たちは必死に、怨念を昇華させようとしていますが、そのやり方ではもはやどうしようもないことは、あの陥没事故が物語っています。怨念の意思をそのままに、この福岡市を博多市にするしか、方法はないのです。カタハネの皆さんも、今後ますます妨害が激しくなるであろうハンの者たちへの対応を、よろしくお願いいたします。そして……」
驛長は、博の方に向き直った。
「綱木博さんと言われましたか? よくぞ、カタハネたちに助力していただきましたね」
「いえ……大したことではありません」
「いやいや、花自動車ば持って来て、それば市電の魂のヨリシロにして花電車ば走らせるやら、アタシらにゃ、とても思いつかんやったばい」
カタハネたちもまた、博を褒めそやす。
「カタハネたちだけでは、聖域と化していた渡辺通りに、陰の玉を持ち込むことはできなかったでしょう」
驛長もまた、博の功績を認めた。穏やかな声だけど、その声は、決してかなめの心をあたためはしなかった。怨念の光と同じで、接すれば接するほど、心が寒々としてくるようだ。
「カタハネたちよ、あと一踏ん張りです。あと少しで、悲願である博多市が実現できるだけの怨念が集まります」
「任せとかんですか!」
「頑張りますばい!」
カタハネたちが、口々に気勢を上げる。
「そして、綱木さん。再びこの羽片世界においでになった際には、ご協力いただけますか?」
博は恭しくお辞儀をした。
「私でよければ」
驛長は満足げに頷くと、再び地の下に吸い込まれるように姿を消した。カタハネたちが「祝いめでた」を唄いながら去っていき、その場には、博だけが残った。
「ちょっと、博君、どういうつもりね!」
かなめは博に食ってかかった。
「どうして、カタハネの方に肩入れすると? いくら、あたしがあの言葉を言ったけんって、そげんにくじゅばせんでもいいやんね」
博はかなめに、冷ややかなまなざしを向けた。
「お告げの声が言ったこと、忘れたと?」
「別に、あの声の主に忖度する必要はないだろう? 神様からのご神託ってわけじゃないんだぜ?」
「そりゃあ、そげんやけど……。だからって」
「カタハネとハンの者、どっちが正しいかなんてわからないだろう? それに、カタハネたちが博多市を実現しようって気持ちも、わからないわけじゃないしな」
カタハネたちの行動を、是が非でも妨害しないといけない理由は、かなめにも博にもないのだ。
「とにかく、かなめがハンの者に肩入れするんだったら、俺は逆にカタハネを応援する。かなめと協力するなんて、まっぴらゴメンだからな」
「ちょ、ちょっと、待たんね!」
かなめは逃げようとする博の手を握った。その時、再び、あの「声」が聞こえた。
――このままじゃ、いかんばい……博多駅が……無うなって……

博がかなめの手をふりほどき、それ以上、言葉は聞こえなかった。

 

 

「天神には、繁華街のすぐそばに警固公園があります。開放的で、だれもが自由に集まり、通り過ぎることができる回遊性のある公園があることが、街の魅力を大いに高めています」
「さっぱそうらん」のゴミ騒動が終わり、ようやく開始された会議で、博は委員たちを前に、臆することなく公園プランを説明する。
「祇園地区は、博多駅からも、川端通商店街からも歩いて五分の好立地ですが、周囲はオフィスビルばかりで、地元の人の憩いの場にも、恋人たちのデートスポットにも、子どもたちの遊び場にも、観光客の立ち寄りスポットにもなっていません。それは、都会の一等地にある公園として、大いなる損失です」
委員たちを見渡す博は、よどみなく公園のコンセプトを語る。
「そして何より、あの場所は、かつての博多驛があったという、博多の歴史を語る上で、無くてはならない場所でもあります。博多の街の新しいランドマークとして、誇りとできる公園として完成させたいと思っています」
委員たちから拍手が湧き上がった。過剰に博多に忖度した様子の博は、にこやかに委員たちを見渡したが、その瞳だけは、笑ってはいなかった。
会議を終えると、博はかなめが声をかける暇も与えずに帰ってしまった。かなめは一人、旧博多驛跡の公園に向かった。博多市の怨念が、この場所の地下に封じ込められているとも思えない、静けさに包まれていた。
博の仕事は、順調に進みそうだ。だが、かなめは不安を拭えなかった。あの驛長という存在を、不穏な存在に感じてしまったからだ。
「そういえば、あの驛長の服……。どこかで見たごたる気がするとやけど……」
かなめは、記憶を辿ってみた。
「……もしかして?」
八年前、住吉神社の歩射祭で、矢が射られた途端、目の前の着物姿の人物が忽然と姿を消した。その時、彼と一緒に見物に来ていたらしい、古めかしく、そして威厳を感じさせた制服姿の男性……。それが、あの驛長の服装そっくりだった。
驛長が、あの忽然と消滅した着物姿の謎の人物の消滅と、何か関係があるのだろうか? このまま、カタハネたちが「博多市の怨念」を蓄積し続けたら、いったいどうなってしまうのだろう……。

続きはこちらから→第九話

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「博多さっぱそうらん記」とは

福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。

1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。

 

著者について

三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。

2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。

 

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