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シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第五話

 

「お櫛田さんと、警固神社には詣ったけん、今年もお正月の三社詣りが無事に終了たいね」
おばあちゃんは、指折り数えて満足そうだ。東区の香椎宮にお詣りした、西鉄貝塚線での帰り道だった。貝塚線に乗るのは、遊園地の「かしいかえん」に行く時くらいなので、レトロな電車は、かなめにとってはアトラクションみたいだ。
「やっぱり、三社巡らんと、年が明けた気がせんもんねぇ、かなめ」
学生の頃は、友人と一緒に大晦日のカウントダウンイベントに行っていたけれど、社会人になってからは、おばあちゃんの三社詣りにお付き合いするのが恒例になっていた。お詣りする「三社」は特に決まっていないので、お正月に親戚や友人と会ったら、どこの神社に詣ったかを話すのが恒例だった。
「あら! 見てんね、かなめ。花電車ばい。まあだどんたくまで四ヶ月もあるとに、もう準備ばしよらすとたいねえ」
「おばあちゃん。花電車やなくって、今は花自動車とよ」
五月に行われる「博多どんたく港まつり」の際に、夜に観客の目を楽しませる、電飾でいっぱいの花自動車だ。西鉄の営業所で、今のうちから準備が進められているみたいだ。
「あたしが若か頃は、市電の線路ば走る花電車やったけんね。毎年あの人といっしょに、渡辺通りまで見物に行きよったもんたい」
夫であるおじいちゃんを早くに亡くしたおばあちゃんは、今もおじいちゃんに一途で、あまたある殿方からの誘いを上手にあしらっている。少しはその「お誘い」の運を、自分にもわけてほしいかなめだった。
「かなめは、三社詣りで、ちゃんと良縁ばお参りしたとね? そういえば、あの博君との間は?」
「もう、博君のことは言わんどって!」
かなめの心は、おばあちゃんには見透かされているみたいだ。
「あらあら、にくじゅば言うてしもうたかねえ」
おばあちゃんはイタズラっぽく笑ってそっぽを向いた。「にくじゅ」は古い博多弁で、「意地悪」という意味だ。
十一月の「せいもん払い」騒動以来、祇園駅地区の再開発プロジェクトの実行委員会は、順調に開催されている。構想については、社長を通して、概要は聞いていた。
博がデザインを担当する公園は、プロジェクトの第一弾として位置づけられるビルの上に作られる、「立体公園」だ。階段状に造成されるビルの庭園部分と、一階、二階部分の屋上が公園として整備される予定だった。祇園地区は、過去に博多駅が移転した際の、旧来の地区とビジネス街との境目にあり、人々の回遊性を高めるためにも、公園は最重要の施設だ。
博は今、博多のワンルームマンションで一人暮らしをして、日々、博多や福岡のことを研究しながら、公園コンセプトを煮詰めている。博多を嫌悪する気持ちは相変わらずのようだったが、仕事は仕事と割り切って、博多らしいコンセプトを練っているようだ。一月最初の会議で、博の公園案が審議されることになっていた。
あの声……。博と手をつないだ時だけきこえる、あの声の主は、いったい誰なのだろう。今は逆にあの声が、博を意固地にしてしまったようで、博は「せいもん払い」騒動以来、かなめには殊更にそっけなく接し、手をつないで確かめることもできなかった。

貝塚駅で地下鉄箱崎線に乗り換えて、中洲川端方面に向かう。箱崎宮前駅で、人々がどっと乗り込んできた。
「筥崎さんも、年始詣りの人が多かったみたいやねえ……」
おばあちゃんは、何かを考えている様子だった。
「ところでかなめ、あんた、香椎宮の開運の写真、うまく撮れたとね? ちょっと見せてみらんね」
そう言っておばあちゃんは、かなめからスマホを取り上げた。
香椎宮の参道のある場所に立つと、楼門の間に鳥居がちょうど収まる構図の写真が撮れる。それが「門+开」で「開」の字に見えることで、「開運」の撮影スポットになっていた。
「全然だめ。参拝客がいっぱいおって、うまく撮れんやったとよ」
この分じゃ、今年もかなめの運は、開きそうもなかった。
「かなめ。あんた博くんとデートでもしてこんね。ちょうど明後日は、筥崎さんで玉せせりやんね」
「なんでいきなり? 博くんとは、そげなっちゃないって言いよるやろう?」
「もう、あんたの代わりに誘ってやったばい」
おばあちゃんは澄ました顔で言って、かなめにスマホを返した。
「え、え? いつのまに?」
開運写真を見るというのは口実で、博にLINEを送っていたらしい。
――博君、お正月、博多で一人じゃ寂しくない? あさって、筥崎さんに玉せせりば見にいかん?――
博多の町の一年は、一月三日の筥崎宮の「玉せせり」から始まる。裸に締め込み姿の競り子たちが一つの「玉」を奪い合う、勇壮な祭りだった。
「もう、おばあちゃん。にくじゅばっかりしてから!」
「あんたが、いっちょんはっきりせんけんたい」
おばあちゃんは、悪びれる様子もなかった。
「よかもん、どうせ、博君の方が断るに決まっとる……」
そう言ううち、スマホが振動して、博からの返事が届いた。

 

 

二日後、かなめは複雑な気分のまま、おばあちゃんの家に向かった。
「かなめ。あんた、せっかくのデートやけん、これば着ていかんね」
おばあちゃんは、古風な収納箪笥から、着物と帯を出してきた。
「あたしが若か頃に、あの人とのデートで着よった着物よ。帯は博多織たい」
半世紀近くも前のものだったが、おばあちゃんが大切にしてきたのでほころび一つなく、デザインも、一周回って新鮮だった。着付けは、おばあちゃんがしてくれた。
「あら、かなめ、あんたどこに行ったとね?」
かなめは目の前にいるのに、おばあちゃんは周囲をキョロキョロと見渡している。
「もう、おばあちゃん。何ば言いよると?」
かなめが言うと、おばあちゃんは驚いたようにかなめをまじまじと見つめた。
「あらあら、どこのお嬢さんかと思うて、目がちょうちんしてしもうたばい」
「目がちょうちんする」というのは「見間違える」という意味の古い博多弁らしい。かなめと同じく、おばあちゃんも「おばあちゃんっ子」だったので、今のお年寄りでも使わないような昔の言葉を使うのだ。
「馬子にも衣装たいねえ。ほら、行ってこんね」
背中を押されて、かなめは待ち合わせ場所に向かった。着物など成人式以来なので、草履で歩くのは、いつもの倍の時間がかかる。
地下鉄中洲川端駅の改札前で、博が待っていた。
「博君、お待たせ。あけまして、おめでとう」
「遅いな、かなめ。自分から誘っておいて、遅刻するなんて……」
不機嫌そうな声が途切れる。かなめの着物姿に、目を丸くしている。
「どうしたと?」
「い、いや……、何でもないよ」
着物姿のかなめにどぎまぎしているのか、博はSuicaを切符の差し込み口に入れようとしている。
「わ、わかってるよな? か、かなめがどうしても一緒に行きたいって言うから、一緒に行くんだからな」
念押しするように言う博が、何だかおかしかった。
「博くん、東京で三社詣りって、どこの神社に行きよったと?」

「玉せせり」見物の乗客で満員の車内で、博に尋ねる。離れていた東京で、博はどんな生活をしていたんだろうか。
「三社詣りって……、あのなあ、かなめ……」
深い溜め息と共に、博が首を振った。
「かなめは全国的なものだと思っているのかもしれないけど、三社詣りって、福岡周辺だけの風習なんだよ」
「え……そ、そうなん?」
ショックだった。修学旅行先の京都でうどん屋さんに入って、福岡では最もポピュラーな「ごぼ天うどん」と「丸天うどん」がメニューにないと知った時と同じくらいの衝撃だ。
「だいたい博多の人間は、正月早々、いくつも神様に掛け持ちして願掛けするなんて、浅ましいと思わないのか?」
「ま、まあ、そう言われればそうっちゃけど……。よかやんね。お願いごと、いっぱいあるとやけん」
「おおかた、ほんの十円ぽっちを賽銭箱に入れただけで、恋愛運と金運と健康運なんて、欲張りなことをお祈りしているんだろう?」
「失礼かねぇ。ちゃんと百円玉と、ご縁があるように五円玉も入れよるとよ」
そんな話をしているうちに、電車は「箱崎宮前」に着き、超満員の乗客と共に、二人は車両の外に押し出された。

「玉せせり」の神事が始まるまで少し時間があったので、境内の喧噪を離れて、二人で筥崎宮周辺を歩く。お年玉をもらったらしい中学生男子集団が、騒ぎながらやって来た。かなめが微笑ましく思いながら見守っていると、男子たちは恥ずかしげに目をそらし、かなめをつれた博を、うらやましそうに睨んだ。
「筥崎宮は筥崎八幡宮とも言って、日本三大八幡の一つなんだ。もっとも、三大○○ってのは、上位二つは誰もが認める存在で、残りの一つが諸説ありって場合がほとんどだ。筥崎宮も例に漏れずで、鎌倉の鶴岡八幡宮と、『三大』の座を争いあっているんだよ」
照れ隠しのように、博はべらべらと博多うんちくを語り続ける。
お寺の横を通りかかると、不思議なオブジェのようなものがあった。
「これって、何やろうね? 納骨堂にしては小さかし……」
お寺の庭に、石組みの天文台のドームみたいな恰好の施設がある。
「ああ、それは、昔そこに鎮座してた博多大仏の台座だよ」
「博多大仏? 福岡大仏じゃなくって?」
福岡大仏だったら、大博通りの東長寺に鎮座している。日本最大級の木造阿弥陀如来という触れ込みで、おばあちゃんと一緒に見学に行ったし、お客様を案内したこともある。
「福岡大仏は、平成になって鎮座したものだろう。博多大仏は、明治の頃から博多にあった大仏だよ」
「でも、博多大仏やら、うち、見たことなかよ」
「当然さ。博多大仏は戦時中の金属供出で失われてしまったんだ」
「金属供出って、仏様ば戦争の道具にしてしもうたってことね?」
「ああ。皮肉なもんだけど、それが当時の現実だよ。もともとこの称名寺は博多の中心部の片土居町……今の博多リバレインがあるあたりにあったから、博多大仏も最初はそこに鎮座していたんだ」
自らの出番だとばかりに、立て板に水で語りだす。かなめは、そんな姿を微笑ましく見つめてしまう。
「な、何だよ? 何か顔についてるか?」
「ううん、そげな風に話しよる博君ば見よると、とても博多嫌いには見えんけんさ」
博は気まずげに黙り込んだ。博は、博多嫌いを隠して、仕事のために「仕方なく」博多通なのだという顔をしている。だから「よかよ」で過去のトラウマが刺激されると、心の奥の博多嫌いが表に出てしまう……。だけど、博は本当に、博多のことを嫌っているのだろうか。
「何を言ってるんだよ。博多なんか……、博多なんか……」
博の言葉は、それ以上は続かなかった。
「そういえば、この前、貝塚駅ば通った時に、もう、どんたくの花自動車ば準備しよらしたよ。どんたくの頃には、博君の仕事も、完成しとるとよね?」
「ああ、そうだな」
「博君、明後日の会議で、公園のコンセプト案ば出すっちゃろう?」
「ああ、今度こそ、委員のみんなに、ぐうの音も出ない完璧なプレゼンをやってやるんだ」
博は、すっかり自信を取り戻していた。
「うち、会議のお手伝いで入れてもらえるように、社長に言っとくけん」
「えっ、それって……」
博は、戸惑ったように、かなめに向き直った。
「また、あの言葉が出て、博君が暴走してしまったら、うちがフォローするけん」
「かなめ……。お前、どうして……」
反発するかと思いきや、博は複雑な顔でかしこまったので、かなめは戸惑ってしまった。
「べ、別に、博君が心配で言いよるっちゃなかよ。また博君が騒動を起こしたら、社長が大騒ぎして、その尻拭いば、うちがせんといかんとやけんね」
今度はかなめの方が照れ隠しで言いつくろう。博は変に真面目な顔でかなめを見つめるばかりで、調子が狂ってしまう。
「そ……そろそろ、玉せせりが始まるばい。行こう、博君」
「あ、ああ……」
ざわめく胸を、そっと押さえた。何か、きっかけを失った気がした。
玉せせりのスタート地点は、筥崎宮から二百メートルほど離れた小さな神社の前だ。
「玉せせりは、別名玉取祭とも言って、室町時代に始まったっていわれている。玉に触れると災難を逃れ幸運を授かるといわれているから、競り子達は激しい争奪戦を繰り広げながら、筥崎宮に向かって競り進むんだ。陸側と浜側に分かれた玉の争奪戦は、一年の吉凶を占う年占いの意味合いもあって、海側が玉を奉納すれば豊漁、山側なら豊作になるっていわれているんだ」
小さな神社の前の「道路」がスタート地点なので、人々が押しかけてたいへんな騒ぎになっている。
「かなめ、大丈夫か?」
「う……うん」
そうは言ったものの、着物に草履という恰好では、普段みたいにはいかない。その様子を察して、博は少し首をかしげ、何だか神妙な顔をした。そうして、おずおずと、手を差し出してきた。
「ほら、かなめ」
高校生の頃の、住吉神社の歩射祭の時みたいに、手をつないだら……。指先が触れようとしたその矢先、何やら騒動が持ち上がったようだ。神職や氏子たちが、何やら慌てふためいて騒いでいる。
「何かあったとですか?」
見守っている群衆の一人に尋ねてみる。
「陰の玉が無うなってしもうたとげなたい!」
「陰の玉って、何やろう。博君、知っとる?」
「玉せせりは、競り子たちが奪い合う玉の方ばかりが注目されるけれど、玉は陰陽二つあって、二つあわせて清められた後、陽の玉だけが玉せせりに使用され、陰の玉はそのまま一年後まで安置されるんだよ」
そういえば、神職のお祓いの時には、玉は確かに二つあった。
「ほんの一瞬ばい! 一瞬だけ目ば離した隙に、無うなってしもうたとたい。まるで神隠しにでん逢うたごたる!」
そばにいた神職は、そう言ってオロオロしている。「玉せせり」の主役である「陽の玉」は無事で、行事自体には支障は出なかったので、神事は滞りなく行われたみたいだった。
結局、「陰の玉」は消えたまま、見つからなかったようだ。
「……帰ろうか、かなめ」
「うん……。そうやね」

手をつなごうとした瞬間に騒動が起きて、気勢を削がれた気分で、二人はそのまま地下鉄に乗って帰った。

続きはこちらから→第六話

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「博多さっぱそうらん記」とは

福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。

1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。

 

著者について

三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。

2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。

 

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