『豊臣兄弟!』をもっと楽しむ! 秀吉が復興させた博多と、秀吉&千利休の茶会
仲野太賀さん主演の大河ドラマ『豊臣兄弟!』が話題です。豊臣秀吉の弟・秀長(小一郎)を主人公にした物語ですが、実はこの兄弟、福岡・博多とも深い縁があります。ドラマをもっと楽しむために、博多に残る“豊臣の足跡”を紹介します。
秀長が活躍した“九州平定”
天正15年(1587年)、秀吉は九州の大半を手中に収めつつあった島津氏を討つため、大軍を九州へ送りました。このとき秀長は日向(現在の宮崎県)方面の軍を率い、根白坂の戦いで島津軍を破るなど大きな功績を挙げています。ドラマでも見どころになりそうな場面です。
焼け野原の博多を復興した“太閤町割り”
九州平定を終えた秀吉は筥崎(現在の福岡市東区)に陣を構えました。当時の博多は戦乱で荒れ果てていましたが、秀吉は商業都市・博多の復興を決め、黒田官兵衛に町の区画整理を命じます。これが“太閤町割り”です。官兵衛は家臣の久野四兵衛に指示し、その年のうちに計画をまとめたとされています。復興には、神屋宗湛や島井宗室といった博多の豪商たちも深く関わりました。この町割りは、今の博多の町並みの基礎になったといわれています。
利休が茶をたてた場所も
このとき秀吉に同行していたのが茶人・千利休です。利休が“筥崎茶会”を開いた場所とされるのが、筥崎宮の近くにある恵光院(福岡市東区馬出)の燈籠堂。

戦国の天下人と茶人が博多で過ごしたひとときに思いをはせられるスポットです。ちなみに、キリスト教の宣教師を国外に追放する“バテレン追放令”が出されたのも、この筥崎滞在中のこと。博多は、日本史の転換点の舞台でもあったのです。
ドラマの“その先”を歩いてみよう
筥崎宮は地下鉄箱崎線箱崎宮前駅からすぐ。恵光院も徒歩圏内なので、あわせて巡るのがおすすめです。放送を見たあとに博多の街を歩けば、いつもの道が少し違って見えるかもしれません。
