【インタビュー】Fuku Spo – アビスパ福岡 /藤田 和輝

GK 藤田 和輝(Fujita Kazuki・背番号41)

決意を胸に、福岡へ。
勝利に導く守護神として
新潟に生まれ、アルビレックスで育ったGK。昨シーズンは福岡で12試合に出場。サッカー選手としての飛躍を誓い新シーズンに挑む守護神の決意とは。
第9節に移籍後初スタメン
無失点勝利で上昇気流に
明治安田J1百年構想リーグが終了し、8月に開幕する2026/2027シーズンが始動します。百年構想リーグでは、第9節のサンフレッチェ広島戦で移籍後初先発して、2試合連続で完封勝利を収めることができました。1月に移籍して福岡に来てから、初出場まで時間がかかりましたが、出場のチャンスは来ると思っていたので準備をしていました。以降12試合に出続けることができて、結果(90分間での敗戦は2試合のみ)を残せたことは手応えとして感じることができました。
アビスパ福岡でゴールを守り続けて、「無失点」の難しさを感じたシーズンでもありました。アビスパの良さは、相手の背後を突いてアグレッシブに攻撃するところだと思いますし、百年構想リーグではそれを表現することができましたが、反面、先に失点して難しい展開になったゲームもありました。守備と攻撃というバランスは難しい部分ですが、次のシーズンではうまくアプローチして勝利に導きたいと思います。
選手としての価値を高めるため
「チャンスを逃したくない」
前所属のアルビレックス新潟には、幼稚園のスクールから通っていて、下部組織で経験を積み、プロデビューを果たしました。栃木SC、ジェフユナイテッド市原・千葉を経て、2025年シーズンは「自分が育ったクラブで活躍したい」という思いで新潟に戻りましたが、J2へ降格させてしまいました。シーズン当初は、新潟を1年半でJ1復帰させるために、自分がチームを引っ張っていこうと覚悟を決めていました。しかしアビスパからオファーをいただき、悩みましたが、一人のサッカー選手として成長するために移籍を決断しました。
20代後半になる自分自身のサッカー人生を考えたとき、選手として残された時間は多くないと思いました。僕は19歳と若い年代でJリーグ初出場をして、そのシーズンもリーグ戦は21試合に出場しました。しかし翌年のリーグ戦は2試合の出場にとどまり、思うような活躍はできませんでした。パリ五輪を目指す日本代表メンバーにも選出されましたが、当時所属していたチーム(千葉)でのパフォーマンスが良くなかったこともあり、代表には残れませんでした。一緒にパリ五輪を目指していたメンバーが海外チームへ移籍したり、J1で活躍する姿を見て、焦りもありました。
自分が日本代表を目指すとか、海外でプレーすることを目指すのであれば、まずはJ1で試合に出ることが重要だと思い、アビスパへの移籍を決めました。25歳は若手じゃないですし、チームの主軸となり、選手としての価値を高めなければいけない年齢だと思っています。もうチャンスを逃したくないと思って、ここに来ました。
百年構想リーグは昇格や降格がないレギュレーションだったこともあり、そのなかで試合に出場し、チームに馴染むことができたのは、自分にとって良いタイミングの移籍だったと思います。ゴールキーパーはチームメイトの特徴を良く知っていないと難しいポジションですし、試合に出続けたことは成果の一つです。
これから始まる2026/2027シーズンはJ2降格もあります。厳しい戦いになると思いますが、もっと成長し、自分が福岡に来て良かったと思ってもらえるよう、チームに貢献したいと思います。ゴールキーパーは、チームを勝利に導けるポジションの一つだと思うので。
藤田選手のプライベートに迫るQ&A
Q.新潟大学附属小・中学校の出身だとか。
A.はい。小学校受験しました。覚えていないですが、自分で「附属小に行きたい」と言ったそうです。幼稚園から塾に通っていたので、教育熱心な親の影響もあったかもしれません。大学進学を考えていましたが、サッカー選手としてプロになる道を選びました。
Q.新潟でおすすめのスポットは?
A.十日町市にある「清津峡」(きよつきょう)です。日本三大渓谷の一つで、岸壁とエメラルドグリーンの川が絶景です。車でドライブしながら行くのがおすすめです。
