~エディターOの読書録~ 立ち読み気分でどうぞ。♯1『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』

♯1『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』
しんめいP 著 1650円/サンクチュアリ出版
もうすぐ28歳。今が「若いうちにやってこなかったこと」を取り返せる最後のチャンスでは、と考えている。将来の自分にツケをまわさないために、今、必要なこと…それは「哲学」ではないか。というのも、どうやら私は「すぐに答えがでないこと」について深く考えるためのチャンネルを持ち合わせていない。うまく言えないが、同世代の人たちはもっと「自分の価値」や「人生の意義」のような、漠然とした「何か」に対する疑問や悩みを抱えて生きている気がする。居酒屋のカウンターで「同世代特有の悩み」を語り合う友人らの傍らで、ただ虚空を見つめている私はいったい…? もっと人生とか、見つめて? …ということで「哲学」だ。

本書は独特で軽妙なユーモアを交えた、やさしい文章で書く哲学本である。著者であるしんめいPは、東大を卒業し、大手IT企業に入社するもほどなくして退職。鹿児島に移住し、教育事業に従事するも退職。お笑い芸人を目指すもすぐに引退、無職となり、離婚を経験。人生に虚無を感じて実家に引きこもっていたとき、東洋哲学に開眼し、本書を書籍化する。
「仏陀」という、東洋哲学にまるわるただ一つの知識を携えて本書に向かった私でさえ、スラスラ、時にクスクスと読み進められる面白さ。まず、登場する東洋の哲学者たちのキャラが濃い。たとえば本書内で「インドのひろゆき(=論破王)」と称される仏教の僧・龍樹(りゅうじゅ)は、この世界のすべてを“空(くう)”であると説く。あらゆるものが一時的で変化するもの、すなわちフィクションなのであるから、悩むことすらナンセンスという考え方だ。そのほか、「考えるな、感じろ」と説く“禅”の思想や、自我にとらわれすぎることの無意味さを解く“無我”についてなど、一見難解な概念を身近な例えを用いて説明してくれるため、東洋哲学の入門書にはもってこいだ。
ってことは…あれ…? 何も考えなくてもいいってこと…? 人生、見つめなくてもいい感じ? …いや、違う。そもそも哲学は悩める人を救うために流布した学問であって、私のようにただあっけらかんと生きている人間はお門違いもいいところなのだ。著者も本書の中で、「東洋哲学はラクになるための哲学」と主張している。私と違い、内面にしっかりと対峙できる人で、漠然とした悩みを抱く人にこそ、ぜひ本書を手にとってほしい。私は今後本格的に悩んだときのために本書を棚に常備しておくとして、次に読むのはいつになるだろう。その時にもこのコラムが続いていたら、再びレビューしたいと思う。
●エディターO 千葉県千葉市出身、埼玉県川越市育ち。’21年に突如思い立って福岡へ移住し、シティ情報ふくおかに入社。趣味は読書。今年の夏は人生初の伊勢神宮に行けてハッピー!
第二回はこちらから☞https://www.fukuoka-navi.jp/382962
