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シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第四話

スローペースながらも、飾り山は怨念を集め続け、順調に進んだ。
上呉服町に入ると、飾り山は追い山のコースを外れ、十日恵比須神社に向けて東に方向を変えた。すると、西門蒲鉾の前を通ったあたりで、飾り山はにわかにペースダウンした。ついには、西門橋の真上で、舁き手がどれだけ山を持ち上げようとも、後押しがどれだけ力を込めようとも、一寸たりとも動かなくなってしまった。
「ちょっと! どげんしたと?」
ハンの者のたちは腕組みして、動かない飾り山を見上げた。
「博多市の怨念が重くなりすぎて、動けんごとなったとたい」
「ゆっくりじゃあったけど、今まで快調に舁きよったとに?」
「追い山のコースば外れたけん、お櫛田さんの後押しの力が弱まっとるとたい」
ハンの者たちは、焦りの表情を浮かべていた。
「こげなとこで足踏みしとったら、あいつらに気付かれてしまうばい」
彼らはまたも、誰かの影を気にするようだった。
「ねえ、さっきからあいつらって、いったい誰のことば気にしよると?」
「い、いや、何でんなかばい」
ハンの者たちが慌てて言いつくろった、その時だった。
「怨念が漏れ出しよるぞ!」
ハンの者たちが騒ぎだす。せっかく巡行で集めた「怨念」の邪悪な光の粒子が、ドライアイスの煙のように、飾り山から漏れ出している。
「ここは、恵比寿巡行の一番の難所……。櫛田神社も十日恵比須神社の力も借りられん空白の場所たい。ここで止まっとくと、飾り山の封印の力が効かんで、怨念がどんどん漏れっしまうとたい」
「漏れるって……。怨念はどこに行くと?」
光の粒子が降り注いだのは、周囲の博多の人々の上だった。今まで飾り山の動きなど見えていないように動いていた人々が、橋の両側からゆっくりと近づいてきた。
「何ねこれ、気付かれたとね?」
「いや、違うばい、これは……」
ハンの者たちも、うろたえていた。人々の瞳に意思の力はない。何かに操られているような……。
「怨念が、博多の人間に憑依して邪魔しようとしよるとたい!」
「ど……、どげんすると? 邪魔する人たちば、倒せばいいと?」
かなめが尋ねても、ハンの者たちは首を振るばかりだ。
「こん人たちは、怨念に意識ば乗っ取られとるけん、痛みも恐れも感じらんとたい。どれだけ倒しても追ってくるばい」
「そげな……。ゾンビに追われとるみたいなもんやないね」
「それだけじゃなか。この羽片世界で怨念に乗っ取られた人ば傷つけてしもうたら、表の世界でもその傷は残ってしまうとたい」
「それやったら、やっつけることもできんやんね」
手出しすることもできない、ゾンビ以上にやっかいな相手だ。
「櫛田神社からの力が届けば、手出しはできんとばってんな……」
飾り山は櫛田神社の力を得られず、動こうとしない。
「博君、何かアイデアはないと?」
「櫛田神社、櫛田神社……、そんなに急に言われてもなぁ……」
博は首をひねるばかりで、妙案を思いつきそうもなかった。
「もう! 博多のことは人一倍知っとるくせに、宝の持ち腐れやんね」
櫛田神社からの力をこちらに向ける方法……。力の矢印が、頭の中に浮かんだ。櫛田神社……矢印……、どこかで見た気がする。
「そうだ! 恵方盤!」
かなめが叫ぶと、博がはっとした顔を向けてきた。
「そうか! 恵方盤を利用すればいいんだ!」
ハンの者たちは、要領を得ない表情で、二人を見つめる。
「楼門の恵方盤のこつね? それば、どげんするつもりね?」
「恵方盤の恵方を、一時的に十日恵比須神社の方に向けるんだ。そうしたら、櫛田神社の後押しが得られるんじゃないかな」
「……なるほど! やってみる価値はあるごたるな」
ハンの者たちが感心したように頷き合って、背中の羽を揺らした。
「あんたたち二人で、櫛田神社に行って恵方ば変えてきてくれんね。アタシらはここで、飾り山ば守っとくけん」
「ええ? なんでオレがそんなことをしなきゃならないんだよ」
博は、明らかにやる気なさげだ。
「博君、うちたちの出した案やろう? それに、初めての働きどころなんやけん」
「ちぇっ。しかたがないな。行くしかないか」
櫛田神社までは一キロほどだ。急げば十分程度で着けるだろう。
「それじゃあ、行ってくるけん!」
「気をつけんね。周囲の博多ん人に悟られんごと行かんといかんばい」
気付かれたら、怨念の矛先が自分たちに向いてしまう。博と二人、抜き足差し足で、飾り山から離れる。
「まったく、櫛田神社の後押しを受けないと動かせないくらいだったら、最初っからやらなきゃいいのに」
博がぼやく。「櫛田神社」という単語に、近くにいた博多っ子の一人が反応した。首だけがぐりっと動いて、こちらを向いた。
「ちょっと、博君、黙っとかんね!」
慌てて博が口を押さえたが、もう遅かった。かなめと博が「ハンの者」側の人間であることがばれてしまった。ゾンビと化した博多っ子たちが、二人めがけて襲い来る。
「何か乗り物ば使わんと!」
自分の足で走っていてはらちがあかない。とは言っても、車なんかないし、バスもとっくに最終が出た時間だ。
「タクシー……ちょっと、タクシー……、何で止まってくれんと?」
「博多ナンバー」のタクシーたちは、「空車」の表示を出して走っているのに、かなめがどんなに手を振ってアピールしても止まってくれない。
「俺たちは、表と裏の二つの世界の狭間にいるみたいな存在だからな。認識されないのかもしれないな」
「それやったら、どげんすれば……」
かなめは焦って、周囲を見渡した。
「自転車やったら、自分で漕ぐとやけん、行けるっちゃない?」
止めてある自転車に駆け寄ったが、どれもきちんと施錠してあって、ちょっと拝借ってわけにはいかない。
「もう、放置自転車かなんかあればいいとに!」
「残念ながら、福岡市は過去に、天神地区が放置自転車ワースト・ワンに輝いた恥ずかしい実績があるからね。チャリ・エンジェルズなんて啓発女性グループまで作って一大キャンペーンを張って、駐輪場をいたるところに作ったんだ。放置自転車なんかありゃしないよ」
こんな時にまで博多うんちくを語り出す博がしゃくに触る。
「そうたい! あそこやったら、自転車があるかもしれん!」
かなめは心あたりの近所の店の前に走った。
「やっぱりあった。鍵もかかっとらんよ!」
製氷店の配達用の自転車だ。中洲の夜の歓楽街に氷を届けるために、こんな夜中でも店が開いている。「羽片」化して、店は博多もつ鍋屋に変貌していたが、店の前の自転車はいつも通りに置いてある。
「えぇ? この自転車で行くのか。しかも、かなめを後ろに乗せて?」
博が弱音を吐く。今時の電動自転車でも、ギア付きでもない。半世紀も前に作られたようなシロモノだった。氷の配達に使うので頑丈で、重さも半端じゃない。
「文句言わずに漕がんね。早よ、お櫛田さんに行かんと!」
かなめは氷を載せる大きな荷台に座って、博を急かして自転車を漕がせる。博多っ子ゾンビを引き離し、大博通りを博多駅方向に走る。だけど、自転車は次第にフラフラと蛇行しだし、歩いた方が早いほどにノロノロ運転になった。
「ちょっと、博君、休んどらんで、もっと早く漕ぎ!」
「も、もう無理だ。ちょっ……ちょっと休ませてくれよ」
日頃デスクワークばかりで、体力はからっきしみたいだ。せっかく引き離した博多っ子ゾンビたちが再び迫る。
「う~ん、もう。まかせとかんねーっ! 博君、後ろに乗らんね!」
破れかぶれになって、博を荷台に載せて自転車に飛び乗った。
「オッショーイ! オイサァオイサァ! オイサァオイサァ!」
山笠は女人禁制で、女は山を舁くことはできないけど、せめてかけ声だけは山笠を気取って、かなめは自転車を走らせた。スカートがめくれあがってしまうけれど、今はそんなこと、構ってはいられない。
さすがに息が上がってきた頃、櫛田神社の楼門が見えてきた。
「博君、よじ登って、矢印の方向ば変えて!」
「わ、わかった!」
博が楼門の壁を登り、恵方の矢印を、十日恵比須のある北東方向に向けた。
「光が!」
恵方盤の矢印から、稲妻のように光がほとばしった。光に幻惑されたのか、追って来た博多っ子たちは、かなめと博の姿を見失って立ち尽くしている。
「博君、光の後ば追うよ!」
「お、おう!」
自転車で、再び西門橋まで漕ぎ戻った。飾り山の姿がない。
「無事に櫛田神社の後押しを得られたみたいだな。先に進んでる」
「あたしたちも、後ば追って、十日恵比寿神社に向かうばい!」
最後の力を振り絞って、神社に向けてペダルを漕ぐ。市民体育館の前を通り過ぎ、東公園に入れば神社の参道だ。

「見えた! 飾り山だ!」
飾り山はもう、十日恵比須神社の目の前だ。だけど、再び動きを止めてしまっていた。
「何しよると? 早よ、神社の境内に……」
ハンの者たちの答えを待つまでもなかった。飾り山の行く手に、怨念に憑依された博多っ子たちが立ち塞がっている。
「どうしたと? まだ力が足りんで止まってしまっとると?」
博多っ子ゾンビが、じりじりと間合いを詰めてくる。
「今なら、お櫛田さんの後押しがあるけん、あん人たちば蹴散らして境内に入ることもできるばってん……」
ハンの者の代表者が、苦渋の声を漏らした。
「集めた怨念が漏れ出して、あん人たちば動かしよる。そればぜんぶ回収せんことにゃ、恵比寿巡行ばした意味の無うなるとたい」
「あの人たちに憑依しとる怨念ば、引きはがさんといかんとね」
とはいえ、もとは博多っ子なのだから、傷つけるわけにはいかない。
「ここまで来たら、十日恵比須さんの力ば借りられるはずばってんな」
操られた博多っ子たちがにじり寄り、飾り山に襲いかからんとする。最後の抵抗なのだろう。
「博君、あなた博多の知識は人一倍持っとるとやけん、何かアイデアば出さんね!」
「そ、そんなこと言われたって……」
「何でん良かけん、早よせんね!」
「え~っとぉ……。十日恵比須、十日恵比須……」
博は、頭の中の博多知識を総動員しているようだ。
「十日恵比須っていったら、正月大祭だ。そこでの縁起物っていったら、福笹に、福俵、それから福起こしのダルマに、福寄せの熊手……」
「福寄せの熊手……。そうたい!」
巫女さんたちが一月の十日恵比須に向けて、大熊手の準備を始めたってニュースでやっていた。幸運を引き寄せる熊手には、恵比寿様の力が宿っているはずだ。かなめは神社の社務所に駆け込んだ。
「やっぱり、あった!」
大きな熊手は、一人では抱えられないほど巨大だった。
「恵比須さん、もし見とるとやったら、力ば貸して!」
熊手を持ち上げようとするけれど、追いついてきた博多っ子ゾンビたちが、そうはさせじと、熊手の巨大な柄を集団で押さえ込んだ。
「ちょっと博君、手伝わんね!」
かなめの剣幕に押されて、博も慌てて熊手に手を伸ばした。
「くそっ! ダメだ。びくともしないぞ」
「もっと気合いば入れんね!」
自分も気合いを入れ直して力を込める。ダメだ! 「怨念」に操られた博多っ子たちが熊手にしがみついて、離そうとしない。
「ああっ!」
邪魔する博多っ子たちに押しのけられて、博が手を滑らせた。大熊手の柄を握るかなめと博の手が触れた。その途端、手が燃えるように熱くなり、大熊手が軽々と持ち上がった。
「ええっ! どういうことね?」
わけがわからないまま、博と手を携えて、大熊手を豪快に振り回した。怒濤の勢いの風が舞い上がる。その風は、博多っ子ゾンビたちに吹きつけ、「怨念」を一気に吹き飛ばす。怨念の邪悪な光が一つになって、飾り山に舞い戻った。
「オッショーイ! オイサァオイサァ! オイサァオイサァ!」
最後の力を振り絞って、ハンの者たちが飾り山と共に十日恵比須神社の境内になだれ込んだ。
「ふぅ……。ギリギリで間に合ったばい。なんとか、あいつらに気付かれんうちに、飾り山巡行ば終えられるごたるな」
傍らにいたハンの者が、ほっとした口調でつぶやいた。
「えっ、あいつらって、博多っ子ゾンビたちのことじゃなかったと?」
それではハンの者たちは、いったい誰の出現を恐れていたのだろう。
「いわいぃ~めでたぁのぉ~ わかまぁつうぅ~さぁまぁ~よぉ~」
ハンの者たちが、博多の祝い事の定番、「祝いめでた」を謳いだす。飾り山から光がいっぱいに広がって、何も見えなくなった。怨念が十日恵比須神社の力を借りて昇華されているんだろう。立っていられなくなって、思わず、隣にいた博の手を握った。

「ここは……?」
ふと気付くと、博と二人で、道ばたに立ち尽くしていた。ビラ配りをしていた、川端通商店街の入口だった。
「まだ、羽片世界から抜け出せとらんと?」
周囲を見渡す。博多名物以外の店も並んでいるし、「博多ナンバー」の車も走っていない。現実の博多の街に戻ってきていた。
「かなめ、あの声……聞こえたか?」
「博君も……、聞こえたと?」
博と手をつないだ瞬間、その「声」は確かに聞こえた。
――かなめと博よ。よう頑張ってくれたね。ばってん、まだまだ、これからばい……
博多駅前の陥没事故の時に聞いたのと、同じ声だった。

 

 

翌日の日曜日、かなめは博と共に、川端通商店街に行ってみた。
「ど……、どげんなっとると?」
アーケードの入口で、思わず立ち止まってしまった。どの店もお客があふれ、「せいもん払い」は大盛況だ。
「せいもん払いが始まっとったやら、いっちょん知らんやったばい」
婦人服店に群がる妙齢のマダムたちは、そう言いながら、セールの服のワゴンコーナーをあせくり返している。
「どうやらみんな、商店街でせいもん払いが行われていたことを、知らなかったみたいだな」
「そんなこと……ありえると?」
博多っ子にとっては、バーゲンよりもなじみがある大安売りの代名詞だ。それを忘れてしまうだなんて……。それが、博多の街が「博多市の怨念」に覆われていた悪影響だったというのだろうか。
川端ぜんざい広場に向かった。飾り山は、昨夜の恵比寿巡行の騒動に巻き込まれたことなど知らぬげに、ぜんざいを楽しむ人たちを見下ろしていた。だが、飾り山を支える「足」には、確かに昨日の恵比寿巡行で付いた傷が残っていた。
「ハンの者って、いったい何者やったと……?」
そのヒントになるだろう、いびつな形の羽……。やっぱり、どこかで見た気がするけれど、思い出せない。
「ああ! かなめちゃん、それから博君も、ここにおったとね!」
商店主組合の仲西会長が飛び込んできた。
「ようやってくれたね! おかげでせいもん払いは大繁盛たい!」
会長は、客足が戻ったのを、かなめと博が努力したおかげだと信じて疑わないようだ。手放しで喜んでいた。
「二人には、どげん感謝してもしきれんばい。博君、実行委員会もすぐに開くけん、安心しとかんね!」
大きな手で包み込まれ、無理やり博と握手させられる。その時、再びはっきりと声が聞こえた。
――かなめと博よ。二人の力で、博多ば救ってくれんね……

続きはこちらから→第五話

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「博多さっぱそうらん記」とは

福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。

1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。

 

著者について

三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。

2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。

 

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