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~エディターOの読書録~ 立ち読み気分でどうぞ。♯6『台所太平記』

♯6『台所太平記』 
       谷崎潤一郎 著 
880円/中公文庫

 恥ずかしながら、28歳にしてようやく世の不景気を実感している。あまりにも遅い実感であり、今更「不景気だ」と嘆き騒ぐのが場違いであることも承知している。というのも、私が生まれた1998年は日本経済が「戦後最悪」とまで言われた不況の年で、以降、景気は慢性的な停滞を続けているらしい。魚は水揚げされて初めて水中に居たことを知るというが、続く物価上昇を機にようやく不景気に気付くなど、いささか間抜けではないか。

 思い返せば高校時代、修学旅行先である沖縄で“親に手紙を書く”という時間が設けられた。貴重な旅の時間を割いて手紙を書かせる理由は、「(不景気な時代に高額な旅費を負担してくれた)親への感謝をしたためよ」という教師陣からのメッセージに他ならない。そんな思いも露知らず、「沖縄の海のように心の大きな人間になります」という意味のわからない決意表明をしたためた私は、教師と親を大いに落胆させたものだ。当時、そして今も、彼らが私に求めているのは心の大きさではなく「繊細さ」なのだから…。世の不景気に気付いた今、人々の機微に触れることができる繊細さも、手に入れられたと信じたい。

 不景気の世に生きるのは、悪いことばかりではない。世の中への関心が高まるほど、過去の文化や生活を克明に描いた物語を楽しめるというもの。谷崎潤一郎が晩年に発表した『台所太平記』は、戦前、戦後を背景に、谷崎本人を彷彿とさせる文豪・千倉磊吉(らいきち)の屋敷に仕えた女中たちの生き様を、ユーモアたっぷりに描いた長編小説だ。フィクションの位置付けながらも、時代の変遷と共に移り変わる「女中」の在り方、そして彼女たちに対する磊吉自身の在り方の変容を見事に写し取っていて、生活文化史としても読める内容である。

Illustration 画像生成AI:ChatGPT 文中の所々にある挿絵もまた秀逸です。登場人物の中で、磊吉だけがなぜか三頭身。顔は谷崎そっくりで、しかもなぜかウサギの被り物をしています。

 

 千倉家に現れては去っていくさまざまな女性たちの中でも、最も印象に残ったのはしっかり者の「初」さん。磊吉と妻のいさかいの場に出くわすと、主人に向かい故郷の言葉で「いけすかない爺さん」と言い放ってみせるのだ。女中さんに対する暗く寂しいイメージを一瞬にして吹き飛ばす爽快なひと事に、思わず笑ってしまう。その他にも「ゴリラの真似」が得意な駒さん、橋を自転車で突っ切ろうとして転落し、流血事件を起こす銀さんなどなど。個性的なキャラクターが谷崎の鋭い観察眼で描かれれば、面白くないはずがないのだ。

 一人暮らしの身においては、家の中に観察の対象になるユニークな存在がいることを、うらやましいとさえ思う。いや、不景気の今こそ、何気ない日常にある些細な出来事におかしみを見つけていくべきだろう。ひとまず散歩にでも出るか。その前に、今一度改めて親に感謝を込めたハガキでも送るべきだろうが、手元にハガキがないのでまたにする。

 

●エディターO 
千葉県千葉市出身、埼玉県川越市育ち。’21年に突如思い立って福岡へ移住し、シティ情報ふくおかに入社。春は24時間眠たいのが悩みです…

 

第五回はこちらから☞https://www.fukuoka-navi.jp/392558

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