愛好家たちによるカレ~なる座談会 -前編-
カレーをこよなく愛する3名の“カレー狂”が、『クボカリー 大名店』に
集結しました。そのあふれんばかりの情熱をクロストークします!

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たける カレーに魅了された福岡で活動中のタレント。過去にRKB「タダイマ!」内にて「カレー探偵たける」を担当。’25年末にカレー本出版予定 |
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くにさきなるみ カレーと酒と旅を愛する、福岡で活動中のタレント/ M C 。RKB「チャギハ!」「金曜ももピッ!」、KBC「地元応援liveWish+」出演中 |
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モンちゃん 「日本で一番カレーを食べている人」(たける談)。北九州在住。47都道府県カレー巡りを行なっており、これまでに巡った店は2200軒を超える |
――まずは皆さんがカレーにハマったきっかけを聞かせてください。たけるさんは、テレビでもカレーに熱中していく様子が放送されていましたね
たける:元はと言えば僕、実はカレーがあまり好きじゃなかったんです。母親が自家製のニンニク醤油を何にでも入れる人で、カレーにも入れていて。今なら美味しそうだけど、子どもの頃って舌が育ってないから、ちょっと嫌だったんですよ。
それからハヤシライス派だったんですけど、’15年頃にテレビ番組のインタビューでTHE YELLOWMONKEYの吉井和哉さんにお会いした時に、雑談で「今日は『アトリエてらた』に行こうと思ってるんだよ」と教えてくれて。
当時知らなかった僕に吉井さんが「今すごくハマってる店だ」と言うので、「カレーってハマるほどそんなに色々あるんですか?」と聞いたら、「何言ってるんだよ。今、東京とか大阪でもいろんなカレー屋さんが増えていて、見た目も味も、職人さんもすごく面白い。何だったら、カレーを食べたら幸せになれるんだよ。”セロトニン“という幸せ物質が出るから。カレーを食べ始めてからタバコもお酒も女遊びもやめたよ」って(笑)。それから僕も食べ歩きを始めました。
糸島の『スプーンソング』さんとか、もうなくなっちゃったけど東比恵の『ドゥニヤ』さんとかはあったんですけど、当時は福岡にカレーブームが来るちょっと前で、少しずつスパイスカレーを出す店が増えてきた頃でしたね。色々食べてみて「すごく美味しい。スパイスの香りも新鮮で、作っている人たちも面白い」と思って、巡っていろんな扉を開いてみたいなと思ったのがきっかけです。
自分でも作るようになって、イベントで出したり、コロナ禍ではお仕事も全部休んだので、間借りのカレー屋さんをやったり、どんどんハマっていきました。
なるみ:私も少し作るんですけど、「これで完成でいいのかな? でもわりと複雑な味がするな」って。
たける:意外とシンプルだよね。自分で作れた時にすごくうれしくて、「じゃあ、このスパイスを入れてみたらどうなるんだろう」、「これを組み合わせたらどうなるんだろう」と、どんどん実験みたいな感じでハマっていった感じです。カレー屋さんとかカレー好きの人たちに「作り始めたんですよ」と言ったら、よく言われるのが「ようこそ、底なし沼へ」。もうゴールの見えないところに来てしまいましたね。作れば作るほど面白いし、疑問も出てくる。それが解消された時はすごくうれしくて。
――カレー本の発売も予定しているということで、とても楽しみです。なるみさんは、「福岡カレー女子」としてインスタグラムでカレー情報を発信していますね。
なるみ:20代前半から中盤って、「お仕事って大変だな」、「人って難しいな」と思うことがみんなあるかなと思うんですけど、そんな時に、私はセロトニンの効果がすごすぎて(笑)。最初にカレーを好きになったきっかけは、仕事の先輩がずっとカレー巡りをしていて、ランチはカレーと決まっているその先輩とペアでカレー沼にハマったんです。まだ全然浅いんですけど7年ぐらい、週一は必ず食べておかないと、ちょっと不安になります。カレーは辛くて刺激的ですけど、人に優しいんです。
たける:名言!

なるみ:私が通い詰めていたのは、ソラリアプラザの地下にある『ツナパハ+2』なんですけど、カレー屋さんのうれしいところはカウンター席が豊富なお店がかなり多いので、一人でゆっくり食べられるところ。食べ終わった後は、そこで切り替えてまた元気に午後も頑張れるんです。カレーで自分をリセットできたことによって、大変だなと思う時でも頑張れたというのはあります。
たける:たしかに辛いカレーを食べた時って、フワッとサウナで整うみたいな感覚になる。
なるみ:余計なことを考えなくなるというか、そのひと皿を満喫する、自分と向き合う時間です。まさに登山とかサウナと一緒ですね。
――では、次にモンちゃん。インスタグラムでは「47都道府県カレー巡り」を掲げています。
モンちゃん:’14年から大阪で働き始めたんですけど、福岡と大阪のカレーシーンは’12年を境に盛り上がり始めたというのが共通していて。大阪は”裏谷四“という、谷町4丁目の裏側のエリアでワッとカレーが盛り上がっていたのが’12年で。福岡は『GARAM』、『Tiki』、『マルハバ』ができたのが’12年頃。大阪の盛り上がりのピーク的なものは福岡よりも少し早くて、気づけば年間700皿ぐらいカレーを食べていた年もありました。
――驚異のペース…!
モンちゃん:どの店をホームにするか考えて、一年で175回、『虹の仏』という店に通いました。そこから一緒に成長していくような感じで。だんだんいろんなカレー友だちができるんですよ。地下鉄ですれ違う友だちと「何軒目?」とか言いながらハイタッチしたり( 笑)。それぐらい自分の推しのカレーというのがありますね。『虹の仏』に関西のブロガーが集まって毎晩飲んでるみたいな、そういう日々でした。地元は福岡なのでたまに帰って、やっぱり福岡でもカレーを食べていましたね。
たける:だからモンちゃんのブログのタイトルって「大阪→福岡カレーステーション」なんだ。
モンちゃん:そうですね。大阪から始まったんですけど、あまりにも店があるから最寄り駅別に整理したかったんです。関西のカレー巡りをクリアした時に、「やっぱり47都道府県行ってみたいな」となって、連休があったら頑張って巡っていましたね。カレーを巡る中でいい意味で頭のおかしいカレーマニアの方々と友だちになりました。そして’19年に福岡に戻ってきました。
たける:似た者同士、集まってきますもんね(笑)。
モンちゃん:今はもう色々行く時期は終わって、いかにローカルで同じ店に通うか。小倉の『さらしあキッチン』は今149回目です。

モンちゃん:今、北九州市主導で若松の響灘に風力発電を作るプロジェクトがあるんですけど、世界の企業が集まっていて、インド人のエンジニアが結構いるんですよ。彼らがインド料理を探していて。『さらしあキッチン』でいつも一緒になるインド人の友だちがいて、日本語堪能なんですけど、彼いわく「グーグルマップで日本人がやっているインド料理店を僕は探している」と。理由を聞いたら、「インド人やネパール人がやっているインド料理店の多くは、日本人向けのインド料理(通称インネパ店)を出している場合が多く、逆に日本人が作っているインド料理店の方が、頑張って現地の味わいを再現しているインド料理に出合うことが多い」みたいで。
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