【大分県人会】大分県人会 インタビュー04 別府市出身 S.Hさん

❝ 南立石公園 (南立石緑化植物園) ❞
私にとって南立石公園 は、「南立石公園」よりも「自然公園」という呼び名のほうがしっくりくる場所です。小さい頃の私たちはみんなそう呼んでいて、そこは単なる公園ではなく、毎日のように遊びに行く冒険の舞台でした。自宅から徒歩3分ほどの場所にあり、通っていた小学校のすぐ隣にあったため、放課後や休日になると友達と自然公園へ向かうのが当たり前でした。
友達と走り回ったり、かくれんぼをしたりすると、なかなか見つからないほどの広さがありました。木々の間や草むらには、自分たちだけの秘密基地のような場所もあり、そこで夢中になって遊んだことを今でも鮮明に覚えています。
夏休みになると、毎朝のラジオ体操の会場として公園に集まりました。まだ涼しい早朝の空気の中で体を動かし、その後は友達と昆虫採集をしたり、公園内を探検したりして過ごし、自然と触れ合う楽しさを学びました。
現在の南立石公園は、約150種・2,600本もの樹木が植えられ、別府市のシンボルである楠やキンモクセイ、梅や桜など四季折々の美しい風景を楽しめる場所として知られています。春には桜が咲き誇り、池や芝生広場とともに美しい景観をつくり出します。しかし私にとって最も印象深いのは、その景色以上に、友達と笑い合いながら遊び、成長していった思い出です。南立石公園は、豊かな自然と地域の人々に支えられながら、今も変わらず私の心の風景として残り続けています。
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❝ 十文字原展望台 ❞

私にとって十文字原展望台 は、ただ景色を眺める場所ではなく、達成感や爽快感を味わった青春の思い出が詰まった特別な場所です。子どもの頃から友人たちと何度も自転車で訪れました。
自宅から車なら20分ほどで着く場所ですが、自転車で向かうとなると長い上り坂が続き、1時間近くかけて汗だくになりながらペダルをこいでいました。途中で何度も「もう無理だ」と思いながらも、友達同士で競争し、「誰が一番先に着くか」と意地を張り合いながら登ったことを今でもよく覚えています。
十文字原一帯は海抜約500メートルの高原地帯で、豊かな自然と雄大な景色が広がっています。展望台からは別府市街地や別府湾、その先の日出町や国東半島を見渡すことができ、天気の良い日には遠く四国・愛媛の山並みまで望むことができます。子どもの頃の私にとって、その四国の姿は特別なものでした。
当時はまだ一度も四国へ行ったことがなく、海の向こうに見える土地は遠い憧れの世界でした。「あれが四国か」と、いつか行ってみたいと想像を膨らませていたことを覚えています。
現在、十文字原展望台 は「日本夜景遺産」や「日本夜景百選」に選ばれる名所として知られています。昼間の景色も素晴らしいのですが、特に印象的なのは夜景です。しかし私にとって最も価値があるのは、友達と汗を流しながら坂を登ったこと、展望台で風を感じながら語り合ったこと、十文字原は、美しい景観だけでなく、挑戦する楽しさや仲間との時間の大切さを教えてくれた、かけがえのない思い出の場所です。
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❝ 別府温泉 ❞
ホッとする場所といえば、私にとってはやはり温泉です。温泉のまち別府で育った私にとって、温泉は特別な観光地ではなく、子どもの頃から日常の一部でした。
幼い頃によく通ったのは、家の近くにあった「六角温泉」や、「スギノイパレスの大浴場(現在:杉乃井ホテル)」、そして現在はなくなってしまった「鶴見園グランドホテルの大浴場」です。親や友達と一緒に出かけるのが楽しみで、お湯に浸かりながら何気ない会話をした時間は今でも大切な思い出として残っています。特に印象に残っているのは、大浴場に浮かぶカボスです。子どもの頃はどこの温泉にもカボスが浮いているものだと思っていましたが、後になって別府ならではの光景だったことを知りました。湯気の中に漂うカボスの爽やかな香りは、今でも別府の温泉を思い出す懐かしい記憶のひとつです。
高校卒業後に地元を離れて暮らすようになってからは、別府へ帰省すると必ず温泉へ足を運ぶようになりました。故郷へ帰ってきたことを実感し、心からリラックスできる場所だからです。特によく利用するのが、鉄輪にある「ひょうたん温泉」と「やまなみの湯」です。
ひょうたん温泉で一番好きなのは名物の「瀧湯」です。勢いよく流れ落ちるお湯が肩や背中を刺激し、まるでマッサージを受けているような心地よさがあります。肩こりや疲れが和らぐだけでなく、滝に打たれているような感覚の中で心まで洗われるような気持ちになります。何度訪れても、「やっぱり別府の温泉はいいな」と感じさせてくれる場所です。
もうひとつの楽しみが「やまなみの湯」です。深夜から朝まで利用できるため、ひょうたん温泉を楽しんだ後にそのままやまなみの湯へ向かうこともありました。最近は大規模なリニューアルが行われ、従来のサウナに加えてセルフロウリュやオートロウリュ、アロマ設備などが導入され、さらに魅力的な施設へと生まれ変わりました。源泉を冷やした水風呂や外気浴スペースも充実しており、多くの温泉・サウナ愛好家から高い評価を受けています。私はまだリニューアル後に訪れることができていませんが、次に帰省した際にはぜひ足を運びたいと思っています。
子どもの頃の楽しい思い出が詰まった温泉、そして地元を離れた今だからこそ心から安らげる温泉。別府の温泉は私にとって単なる入浴施設ではなく、故郷そのものを感じられる特別な場所です。お湯に浸かるたびに懐かしい記憶がよみがえり、心も体も温かくなる。これからも帰省のたびに訪れたい、私にとってかけがえのない癒やしの場所です。
❝ 由布岳(由布市) ❞

私にとって由布岳は、大分の風景を象徴する特別な山です。別府の街から見えるその美しい姿は、子どもの頃から当たり前のようにそこにありました。標高1,583メートルを誇る由布岳は「豊後富士」とも呼ばれ、その雄大な姿は今でも故郷を思い出させてくれます。
特に思い出に残っているのは、中学校や高校時代の遠足登山です。当時は由布岳に登ることが学校行事の一つとなっており、友達と一緒に登山を楽しみました。ただ歩くだけでは面白くないと考えた私は、ラジカセ(単一形電池×8本?)を担いで登山に参加していました。今では考えられませんが、当時はカセットテープに流行のヒット曲を録音し、それを山道で流しながら登っていたのです。ラジカセは今の携帯音楽プレーヤーとは違い、かなり重たいものでした。それでも、みんなが少しでも楽しく登れるようにと必死に担いでいました。音楽が流れると友達も喜び、一緒に歌ったり笑ったりしながら登ったことを覚えています。今振り返ると、よくあの重さのラジカセを山頂近くまで運んだものだと思います。
そして、なぜか一番盛り上がるのは帰りの下山でした。部活動ごとの対抗意識もあったのか、みんな競争するように山道を駆け下りていました。転びそうになりながらも全力で走り、時には本当に転がるように下っていく友達もいました。今考えると危険ですが、若さゆえの勢いと体力があったからこそできたことだったのでしょう。
由布岳は、大分を代表する観光名所であり、多くの登山客を魅了する名峰です。しかし私にとっては、それ以上に友達との笑い声や青春の思い出が詰まった場所です。山頂で見た絶景、そして全力で駆け下りた帰り道。そのすべてが今ではかけがえのない思い出となっています。由布岳を見るたびに、あの頃の仲間たちとの楽しい時間が鮮やかによみがえり、故郷の温かさを感じるのです。
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❝ 扇山(大平山) ❞

私にとって扇山は、子どもの頃からいつも身近にあった別府のシンボルです。家の近くからも学校からも見ることができ、その大きな姿はまるで別府の街を見守っているようでした。季節ごとに違う表情を見せる扇山は、私たちにとって当たり前の風景であり、故郷そのものでした。
特に印象に残っているのが、毎年春に行われる扇山火まつりです。夜になると山肌に火が放たれ、真っ暗な空の下で炎が一気に駆け上がっていく光景は圧巻でした。子どもの頃は「山が燃えている!」と驚きながら眺めていましたが、それが別府に春の訪れを告げる伝統行事だと知ったのは後になってからでした。今でもあの幻想的な風景は鮮明に記憶に残っています。
そして、扇山の思い出として忘れられないのが高校時代のマラソン大会です。今思い返しても信じられないコースでした。スタートしてから折り返し地点まで、ひたすら上り坂。しかもその折り返し地点が扇山の頂上付近だったのです。平坦な道はほとんどなく、行きは延々と坂道を登り続けるまさに地獄のようなコースでした。
特に扇山の後半の傾斜は厳しく、足は重くなり、息は切れ、「なぜこんな山を走らされるのだろう」と何度も思いました。友達同士で励まし合いながら登るものの、途中で歩き始める生徒もたくさんいました。それでも何とか頂上までたどり着いた時の達成感は大きく、眼下に広がる別府の景色を見ながら少しだけ報われた気持ちになったことを覚えています。
しかし本当の勝負はそこからでした。帰りは全て下り坂。疲れた足で一気に駆け下りるため、勢いがつきすぎて転びそうになることもありました。それでも若さと体力だけは十分にあり、友達と競争しながら全力で下っていたのを思い出します。
今でも扇山を見ると、子どもの頃に見た火まつりの炎や、高校時代の過酷なマラソン大会の記憶がよみがえります。楽しい思い出だけではなく、苦しかった経験も含めて、扇山は私の青春と故郷の記憶が詰まった特別な存在なのです。
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❝ 八幡朝見神社 ❞
私にとって、八幡朝見神社 は、別府を代表する歴史ある神社であると同時に、子ども時代の大切な思い出が詰まった特別な場所です。
八幡朝見神社は、鎌倉の鶴岡八幡宮 の神様を迎えて建てられたことが始まりとされています。その後、鶴見山の噴火や地震などによって社殿が被害を受けることもありましたが、そのたびに再建され、長い年月にわたって別府の人々を見守り続けてきました。
また、戦後には別府の温泉を守る神様を祀っていた温泉神社が合祀され、現在では別府温泉の総鎮守としても親しまれています。
そんな歴史ある神社ですが、私にとって最も印象深いのは毎年の初詣です。子どもの頃は家族や友達と参拝するのが恒例行事でした。新しい年を迎えるたびに境内へ向かい、お参りを済ませると屋台を見て回るのが楽しみでした。
中でも毎年欠かさず買っていたのがイカ焼きです。香ばしい匂いに誘われながら食べるイカ焼きは、子ども心にとても特別なごちそうでした。今でも初詣と聞くと、神社の賑わいとともにイカ焼きの香りが思い出されます。
境内で特に好きだったのが、御神木の「大くすの木」です。樹齢1000年を超えるといわれる巨木で、高さ約30メートル、幹回りは11メートルにも及びます。子どもの頃はその大きさに圧倒されながらも、不思議と安心感を覚えていました。何となく幹に触れると心が落ち着き、大きな力に守られているような気持ちになったことを覚えています。
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❝ 別府ロープウェイ ❞

子どもの頃、家族で出かけた思い出の場所のひとつが、別府ロープウェイです。ロープウェイに乗るだけでも特別なイベントのようで、毎回わくわくしていました。大きなゴンドラがゆっくりと山を登っていくにつれて、眼下に別府の街並みや別府湾が広がり、普段見ている景色とはまったく違う世界が現れます。その光景を見るたびに、子どもながらに感動したことを覚えています。
中でも特に印象に残っているのが、冬に雪が積もった時の風景です。別府では雪景色を見る機会がそれほど多くないため、一面が真っ白に染まった鶴見岳の景色はまるで別世界のようでした。木々には霧氷が付き、枝が白く輝く姿は幻想的で、冷たい空気の中で見た銀世界は、今でも鮮明に思い出すことができます。
別府ロープウェイは、九州最大級の101人乗り大型ゴンドラを誇り、標高1,300メートル近い鶴見岳山上まで約10分で到着します。気軽に絶景を楽しめることから、別府を代表する観光スポットとして多くの人に親しまれています。春の新緑、夏の爽やかな高原の景色、秋の紅葉、そして冬の霧氷と、四季を通じて異なる表情を見せてくれるのも大きな魅力です。
❝ 志高湖 ❞

地元のおすすめしたい場所として、私が真っ先に思い浮かべるのが志高湖です。親や友達と何度も訪れた場所で、自然の中で思いきり遊び、たくさんの楽しい時間を過ごしました。
志高湖は鶴見岳の中腹にある美しい湖で、四季折々の自然に囲まれた別府を代表するレジャースポットです。週末になるとキャンプを楽しむ人たちで賑わい、バイクやキャンピングカーで訪れる人など、それぞれが思い思いの時間を過ごしています。私も子どもの頃、友達とキャンプをした思い出があります。朝の澄んだ空気や湖畔の静けさ、夜に見上げた満天の星空は今でも忘れることができません。
志高湖といえば、やはりスワンボートです。湖に浮かぶ白鳥の形をした足漕ぎボートは、子どもたちの憧れでした。友達や家族と一緒にペダルを漕ぎながら湖の上を進む時間はとても楽しく、水面から眺める景色は陸から見る景色とはまったく違って見えました。
そして、志高湖の思い出を語る上で欠かせないのが、かつて存在した「志高ユートピア」です。現在は閉園してしまいましたが、本格的なレーシングカートコースや巨大迷路、スペースコースターなどのアトラクションがあり、訪れるたびに胸を躍らせていました。また、ラクテンチと結ばれていたリフトやロープウェイも印象的で、空中から眺める景色にワクワクしたものです。
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❝ 焼肉 春香苑 ❞
地元のグルメと聞いて、真っ先に思い浮かぶのが焼肉店、春香苑 です。子どもの頃から親によく連れて行ってもらった思い出の店です。
焼肉はもちろん絶品ですが、私にとって春香苑の魅力は何と言っても秘伝のたれです。肉の旨みを引き立てるたれの味は格別で、今でも「あの味」が焼肉の基準になっています。他の焼肉店へ行くこともありますが、どこか物足りなく感じてしまうのは、子どもの頃から慣れ親しんだ春香苑の味が心に刻まれているからかもしれません。
そして、もうひとつ欠かせないのが冷麺です。別府冷麺は店ごとに特徴が異なりますが、春香苑の冷麺は私にとって特別な存在です。コシのある自家製麺と、旨みの詰まったあっさりスープの相性が抜群で、焼肉の後でも不思議と箸が進みます。
春香苑は創業50年以上の歴史を持つ老舗焼肉店で、上質な九州産和牛をリーズナブルに楽しめることから、地元の人はもちろん県外から訪れる観光客にも人気があります。焼肉だけでなく定食も充実しており、昼から夜まで通し営業を行っているため、気軽に立ち寄れるのも魅力です。
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❝ 関あじ、関サバ ❞
地元を離れてから、帰省するたびに楽しみにしているグルメがあります。それが寿司店「水天」と「亀正くるくる寿司」です。子どもの頃には通っていた記憶はなく、地元を離れてから、その魅力を改めて知るようになりました。
私の目的は何といっても、大分が誇るブランド魚である関あじと関さばです。全国各地で寿司を食べる機会はありますが、やはり豊後水道で育った新鮮な関あじ、関さばの味は格別です。身が引き締まり、噛むほどに旨味が広がる味わいは、故郷に帰ってきたことを実感させてくれます。
「活魚廻転寿し 水天」は、職人が握る本格的な寿司を気軽に楽しめる店で、大分県産の新鮮な魚介を中心に旬の食材を味わうことができます。
「亀正くるくる寿司」は、別府を代表する人気店として知られています。厚切りでボリュームのあるネタと抜群の鮮度が評判で、地元の人はもちろん観光客からも高い支持を集めています。私が初めて訪れた頃は、まだ今ほどの大行列店ではありませんでした。しかし口コミやテレビ、インターネットなどで評判が広がり、今では開店前から多くの人が並ぶ人気店となっています。最近では店内で食べるよりも持ち帰りを利用することが増えましたが、それでも故郷の味を楽しめることに変わりはありません。
別府には温泉や観光地だけでなく、新鮮な魚介を楽しめる豊かな食文化があります。これからも別府を訪れた際には必ず立ち寄りたい、おすすめのグルメスポットです。
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❝ やせうま ❞

大分県の郷土料理といえば、「とり天」「だんご汁」「やせうま」が三大名物として知られています。その中でも、私が特におすすめしたいのが「やせうま」です。
やせうまは、私にとって子どもの頃の思い出がたくさん詰まった食べ物です。家でおやつとして食べることもありましたし、学校給食にもよく登場していました。そのため、子どもの頃は全国どこでも食べられている当たり前のおやつだと思っていました。しかし大人になって県外で暮らすようになり、実は大分県を代表する郷土料理だと知って驚いたことを覚えています。
やせうまをひとことで表現すると、きしめんのような平たい小麦の麺に、きな粉と砂糖をたっぷりまぶして食べる素朴なおやつです。一度食べるとどこか懐かしい気持ちになります。温かいまま食べてもおいしいですが、冷やして食べるのも人気があります。私にとってやせうまは、故郷を思い出させてくれる特別な味であり、多くの人に知ってもらいたい大分自慢の一品です。
❝ 城島高原パーク ❞
今の自分に大きな影響を与えた出会いを振り返ると、真っ先に思い浮かぶのが城島高原パークです。当時は「城島後楽園ゆうえんち」と呼ばれていましたが、地元の人たちはみんな「城島」と呼んでいました。
私は小さい頃から家族や友達と何度も訪れていました。特に印象に残っているのが「スーパーL&Sコースター」です。「頭が地面についちゃう!」と思うほどの迫力があり、1回転宙返りに加えて2回ひねりが入るスリル満点のコースターでした。乗り終わった後は頭も身体もフラフラになりながら、それでも何度も乗りたくなる魅力がありました。当時の私にとって、城島といえばまずこのコースターを思い出します。
冬になるとアイススケートも楽しみの一つでした。屋外リンクだったため、澄んだ空気の中で滑る気持ちよさは格別でした。広々とした高原の景色の中で過ごす時間は、今振り返っても贅沢な体験だったと思います。
そして城島は、遊ぶ場所であるだけでなく、私にとって社会を学んだ場所でもあります。大学生時代の夏休みにはアルバイトとして働きました。アトラクション担当として、「木製コースタージュピター」「ゴーカート」「ゴールドラッシュ」「ウェーブスウィンガー」などを担当しました。当時は週末になると深夜0時まで営業しており、閉園時間まで行列が途切れないほどの人気でした。
実はアトラクションには、速度や回転数を調整する場面もありました。もちろん安全を最優先にしながらですが。今ではなくなってしまったアトラクションも数多くありますが、中でも「ダビンチの振り子(フライングカーペット)」の調整した最高速度は忘れられません。その迫力、絶叫度は群を抜いていました。

さらに私にとって特別な経験となったのが、日本初の木製コースター「ジュピター」の建設に携わったことです。大学の春休みを利用し、約2か月間、建設作業に参加しました。毎日のように巨大な木材が運び込まれ、それを組み上げていく作業は想像以上に大変でした。ボルトによる固定も通常より強固に行われたことを今でも鮮明に覚えています。
建設途中に強風に見舞われたこともありました。まだ補強が十分でない段階では構造物全体が揺れ、そのたびに自然の力の大きさと建設の難しさを実感しました。それでも多くの職人やスタッフが力を合わせ、一つの巨大プロジェクトを完成へと導いていく姿は圧巻でした。完成したジュピターを見るたびに、「あれは自分も作ったんだ」と誇らしい気持ちになります。しかし本当に大きかったのは、そこで出会った人たちから学んだことです。アトラクション責任者の方には何度も厳しく叱られました。安全管理の重要性、建設現場では、納期を守る責任、仲間との連携など、社会人として必要な基本を徹底的に教えられました。
今振り返ると、城島高原パークは単なる遊園地ではありません。お客様を喜ばせることの楽しさ、仲間と協力することの大切さ、責任を持って仕事をすることの意味を学んだ人生の原点です。子どもの頃の楽しい思い出と、若い頃の貴重な経験の両方が詰まった場所として、今でも私の人生に大きな影響を与え続けています。
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❝ 部活動 ❞
今の自分に大きな影響を与えた地元での経験の一つが、学生時代の部活動です。小学校では野球、中学校ではバスケットボール、高校ではハンドボールに打ち込みました。振り返ると、競技そのもの以上に、監督から学んだことが現在の自分の考え方や仕事への姿勢につながっていると感じます。
当時の部活動は今とは違い、かなり厳しいものでした。うさぎ跳びや長時間の走り込み、水を飲んではいけないといった指導も当たり前の時代でした。今では考えられないような練習方法もありましたが、その中で忍耐力や精神力を鍛えられたことは間違いありません。そして何より、目標に向かって努力することの大切さや、仲間と力を合わせることの重要性を学びました。
特に印象に残っているのが高校時代のハンドボールです。当時の大分県には全国一の強豪校だった大分電波高校(現在の大分国際情報高校)があり、まずはその壁をどう越えるかを考える毎日でした。「どうすれば勝てるのか」を仲間と話し合いながら練習に取り組んでいました。
結果として、大分県大会では何度も挑戦しましたが、あと一歩及ばず県2位。しかし、その経験は決して無駄ではありませんでした。強い相手がいたからこそ、自分たちに足りないものを考え、工夫し、努力を続けることができたのです。
実は私が入部した頃のチームは、どちらかといえば弱小チームでした。それでも監督の指導のもと、仲間たちと練習を重ね、一歩ずつ力をつけていきました。最初から強いチームだったわけではなく、努力によって成長していく過程を経験できたことは、私にとって大きな財産です。
部活動を通じて学んだのは、勝つことだけではありません。目標を持つこと、準備を怠らないこと、仲間を信頼すること、そして簡単に諦めないことです。社会に出た今でも、仕事で困難な課題に直面したときには、「あの頃も簡単には勝てなかった」「だからこそ考え、努力し続けた」と思い出します。
地元で過ごした学生時代の部活動は、私に競争する楽しさと努力する喜びを教えてくれました。そして、どんな状況でも諦めずに挑戦し続ける姿勢は、今の自分の人生や仕事の土台になっています。あの頃の仲間や指導者との出会いに、今も感謝しています。
私にとって大分県は、生まれ育った故郷であり、今の自分をつくってくれた原点です。高校卒業後に地元を離れたことで、改めて大分県の魅力や温かさを実感するようになりました。帰省するたびに温泉へ入り、懐かしい景色を眺めると、心が落ち着き、「やはり故郷はいいな」と感じます。
これからは、大分県から学び、育ててもらった一人として、仕事や活動を通じて少しでも地域に恩返しをしていきたいと思っています。特に、全国に向けて大分県や別府市の魅力を発信し、多くの人に訪れてもらえるような取り組みに関わることができれば嬉しいです。
大分県には素晴らしい自然、温泉、歴史、食文化、そして何より温かい人々がいます。これからも変わらず魅力あふれる故郷であり続けてほしいですし、私自身もその魅力を伝える応援団の一人として、微力ながら貢献していきたいと思います。大分県、本当にありがとうございます。そして、これからも応援しています。

■安心院応援プロジェクト

このたびアプライドグループで、大分県宇佐市安心院町の魅力を発信する「安心院応援プロジェクト」がスタートしました。
安心院は、豊かな自然や歴史的文化など、多くの魅力があふれる地域です。地域の方々の声や安心院のさまざまな魅力を取材し、コンテンツとして発信していきます。
安心院応援プロジェクトの取り組みに、ぜひご注目ください!!
