【あの街の名店に聞く、愛され続ける理由】オーストリア菓子とパンのサイラー
あの街の名店に聞く、愛され続ける理由。
行列が絶えないパン屋、地元で長く親しまれる名店。
そこには必ず、パン作りへのまっすぐな信念があるはず。
店主にその思いを聞きました。
行列が絶えないパン屋、地元で長く親しまれる名店。
そこには必ず、パン作りへのまっすぐな信念があるはず。
店主にその思いを聞きました。
オーストリア菓子とパンのサイラー
不毛の地でパンを作り続け、30年余。
時代がどれだけ変わっても、信念は不変
時代がどれだけ変わっても、信念は不変


もはや説明不要かもしれない、福岡を代表する実力派ベーカリー『サイラー』が昨年、30周年を迎えた。歴史を重ねるごとに支持を高め、熱心なファンに愛され続ける店の歴史をたどるべく、代表のサイラー・アドルフさんのもとを訪ねた。サイラーさんはオーストリアで100年以上続く老舗ベーカリーの生まれ。家業としてパンに親しみ、12歳頃からパンの配達を手伝うなど、その頃から自然と「この仕事しかないと考えていました」と振り返る。「パンを作るのが当たり前の環境でした。子どもの頃はパン生地をこねるのが粘土みたいで楽しくて。最初はケーキ屋で修業していたんですが、そこの紹介で福岡の『千鳥屋』で働けることになったんです」と、海外志向が強かったこともあり、’84年に21歳で来日。一年半ほど在籍した。その後、独立を目指して試行錯誤するものの、店作りに当たっては何度も壁に直面。当時、日本の銀行からは融資が下りずオーストリアの銀行から資金を借り、本場の味を再現するために麦や原材料、型も現地から輸入。店舗デザインや設計もオーストリアのデザイナーに依頼したという。
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まだオーストリアパンやドイツパンが普及する前の時代だったが、現在の場所を気に入り開店を決意。しかし、知人からは「ここは駅もないし、ダメだよ」と言われながら、’94年、『サイラー』は長丘の地で産声を上げた。「宣伝もしていなかったし、なにも知らなかったので看板すら出していなくて。家賃が32万円で最初は一日の売上が2万円とか。3年で閉めると思っていました(笑)。土日は人が多い場所だということがわかってきて日曜営業を始めて、徐々にお客さんが増えてきました」と、サイラーさんは懐かしむ。現地の素材で、本物の欧州のパンを。愚直に信念を貫き、現在に至るまでの『サイラー』の快進撃が始まる。

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『サイラー』の名は広まり、オリンピックやサッカーW杯、世界水泳など、世界的ビッグイベントではオーストリア代表チームに招へいされ、パンを提供するまでに成長。’19年には韓国に『サイラーコリア』もオープンした。「僕は古い人間で、クレジットカード決済も先月からやっと始めたぐらい(笑)。ヨーロッパは機械でパンを作る店が増えているけど、そうはなりたくない。既製品を使ったりもしたくない。それに対して『パンの価格が安いんじゃないか』と言われることもあるけど、値上げしたらお金持ちばかりが来る店になる。それは嫌だから。僕ももう62歳だし、次の世代に変わらないパン作りを伝えていきたい」。キラキラと輝く瞳で真っすぐに思いを伝えてくれたサイラーさんに、最後の質問をしてみた。今、挑戦していることは? 「趣味でカカオ豆からチョコレートを作っているんです。今は試作段階で、来年には店で出したいと思っています」。


『サイラー』
[所]福岡市南区長丘2-1-5
[電]092-551-7077
[営]7:00~19:00
(カフェは8:00~OS17:30※土曜、日祝日7:00~)
[休]なし
[P]あり
カード/可






