働くなら佐賀が熱いージョブカフェSAGAー①
佐賀で働く選択
全然アリでしょ!
MCバトルなどのフリースタイルラップでその名を全国に広めたDOTAMA。ミュージシャンとしてサガン鳥栖のチーフラップオフィサーや『歩こう。佐賀県』のPVなどを手がけ、佐賀とも縁が深い。そして、今回は就職を考えている若者を支援しようと佐賀県が設置している『ジョブカフェSAGA』の『キャリアトークセッション』に参加。そんな彼に、佐賀の魅力や働くことについて聞いた。

独立した時、サガン鳥栖から
仕事をいただいたのがきっかけ
――一般の方に仕事の話をされる機会は少ないと思いますが、今日のイベントの感想を教えてください。
D:そうですね。僕自身、ラップミュージシャンという浮世離れした仕事ですので。元々、サラリーマンをやっていましたが、脱サラして10年以上が経っていますので、今回他業種の藤山さんや松井さんともお話ができて楽しかったです。
――佐賀で仕事をすることになったきっかけは何でしたか?
D:僕は、埼玉の音楽レーベル『術ノ穴』でずっと活動をさせてもらっていましたが、そこから独立した時にちょうどサガン鳥栖さんのチーフラップオフィサーのお仕事をいただきました。ありがたいお話でやらせていただきたいと思いました。元々、サッカーは見ていましたが、1クラブの動向を見続けるというのはそれまでありませんでした。勝っている時はいいんですが、勝負事なので負ける時もある。負けが混むとテンションも下がることもありました。
――佐賀県で仕事をして、佐賀県を深くを知ったと思いますが魅力は?
D:佐賀県のことをもちろん気に入りましたし、独立直後の僕の仕事と佐賀県は切っても切れない、関係になりました。それに感謝しています。僕は故郷の栃木で東京への距離感を感じていました。佐賀県も大都市の福岡からはちょっと離れています。でも、1年間で何度も足を運び、地元を盛り上げようとする佐賀の皆さんの熱量を感じました。200年前に幕末の志士が輩出されたという歴史を経て、今の盛り上がりがあるのかなと。昔の熱さがありつつ、今もその熱を感じました。
佐賀県は仕事がしやすい
まずは目の前のことをやり続けることが大事
――佐賀での仕事のしやすさなどはいかがでしたか?
D:とてもしやすかったです。『歩こう。佐賀県。』では、僕が実際に県庁の近くを歩き、歩いて生活する素晴らしさを歌詞にしましたが、街並みの魅力や暮らしやすさを感じました。作詞、作曲とプロデュースもさせていただきましたが、キラキラした楽曲に仕上げました。今までの自分にない高いキーで歌いましたが、それはその時の楽しさに僕の気分も上がったからだと思います。
――サラリーマン時代、仕事のやりがいをどう見つけていましたか?
D:今日のイベントでも話しましたが切り替えです。当時の僕はホームセンターで園芸とペットコーナーの2つを担当していました。ですから、片方の仕事で煮詰まった時は、もうひとつの仕事に移り、バランスを取っていました。今もそうです。音楽のプロデュースで煮詰まったら、寝かせていた別の自分の楽曲を作る。そうするとサクサク進むんです。これは言語化が難しいんですが、片方がスランプになった時、別の仕事に取り組むとそっちはそれまでの悩みはなんだったんだろう?と思うくらいに進みます。これは実体験としてあるので、切り替えが大事だと思います。
―― 転職を考えている方に、どんなアドバイスを送りますか?
D:ざっくりで恐縮ですが、何とかなる! 簡単に言うとポジティブシンキングです。お金のことなど不安はあると思いますが、働くことでお金をもらえますから、そこに最善を尽くした方が良い。僕が脱サラしてミュージシャンになった時は、「10年後にどうなっているんだろう」みたいに深くは考えていませんでした。実際、10年経ちましたが、普通に過ごしています。頭の中にある楽曲のイメージを具現化することは大変ですが、ありがたいことにこれまでずっとリリースを続けられて、曲のレベルも上がっていると手前味噌ながら思います。1つの曲ができたら、次はこういう曲をさらに次は別の曲をというイメージが湧いてきます。それをどう具現化していくかで一杯一杯です。あまりにも遠い未来のことは考えず、目の前のことを確実にやり続ける。その中でどう楽しみを見つけるか。僕は曲や歌詞を具現化していくことに楽しみを見出しています。
――2025年の予定は?
D:変わらずにリリース、ライブをやらせていただきます。渋谷で隔月開催しているイベント『社交辞令』を2024年は栃木、名古屋、仙台で開催させていただきました。来年はさらに別の場所で開催できるよう、精進して行きます。
PLOFILE
ドタマ/両親が教師という一家に育ったが、学生時代に聞いたラップにハマる。高校卒業後、ホームセンターで働きながら、MCバトルなどに参加。そこで優勝するなどして頭角を表す。サラリーマンとして約10年勤めた27 歳の頃、脱サラして音楽活動に専念。スーツにネクタイ、メガネというスタイルがトレードマーク。6年間定期開催しているライブイベント「社交辞令」は、12月もチケットが完売した。

