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シティ情報ふくおか初のウェブ小説連載 三崎亜記氏作「博多さっぱそうらん記」第一話

第一話 せいもん払い

「なんね! あの男!」
地元の博多っ子や観光客で賑わう川端通商店街のど真ん中で、福町かなめは、男の背中に向けて、そう叫んでいた。
「あーもう! 腹かいたぁー! たいがいにしとけぇー!  ぼてくりこかすぞー!」
怒りレベルマックスの博多弁を使って、ばいきんまんの上で地団太を踏んだ。近くに福岡アンパンマンこどもミュージアムがあるので、商店街の舗装タイルではアンパンマンのキャラクターが笑顔を振りまいている。ドキンちゃんみたいに、「おバカぁーっ!」って言ってやりたい気分だ。

「かなめさん、東京からの客人ば、博多駅まで迎えに行ってくれんね」
社長にそう頼まれたのは、三日前のことだった。社長とはいえ、中年のオジサンに両手を顔の前で組んで小首をかしげる「お願いポーズ」をされると、少しうっとうしい。
「お客様が来られるとですか?」
かなめの働く「博央商事」は、従業員二百人ほどの、博多の中堅企業だ。もともとは、博多の商店への卸問屋から始まった会社だった。今は、会社は博多駅から地下鉄で郊外に一駅離れた東比恵駅近くに事務所を構えているが、戦後まもなくまでは博多の中心街に社屋を置いていた。社長が世話役的な立場だからか、今までも、客人の案内を頼まれることは何度かあった。
「東京のSデザイン事務所のデザイナーさんたい」
「あら、すごかやんね、かなめちゃん。超有名事務所ばい!」
隣のデスクの大橋(ルビ:おおはし)先輩の方が興味を持って割り込んできた。デザインなど門外漢のかなめですら知っている建築物をいくつも手がけている事務所だ。
「事務所期待の若手ホープの男性げなたい。しばらくは博多におらっしゃるげなけん、うまく行きゃあ、玉の輿に乗れるかもしれんばい」
「社長、今の時代、その発言はセクハラになるとですよ」
釘を刺しはしたものの、正直に言うと、気になる気持ちは否めない。
「かなめちゃん。野暮ったか事務服でやら行っちゃいかんよ。精一杯おめかししてお迎えして、博多の女は良かねぇーって思ってもらわんと」
先輩というよりも世話焼きのおばちゃん風の大橋先輩は、社長のセクハラ発言を助長するようだった。
「東京から、何をしに来られるとですか?」
「祇園駅の近くに新しか公園ば作るけん、デザインコンセプトば決めるための調査げなたい」
祇園駅は地下鉄空港線で博多駅から天神に向けて一駅で、有名な「博多祇園山笠」が奉納される櫛田神社の最寄り駅だ。
「祇園駅のあたりに、そげん空いたスペースがあったですか?」
「今ある公園ばリニューアルするとげなたい。なんでも、祇園駅周辺の再開発も兼ねた、大きかプロジェクトになるらしかばい」
社長が首をひねる。よくわからないまま首を突っ込んで、世話役を仰せつかってくるのはいつものことだ。
「かなめちゃんが乗り気じゃなかなら、私が行ってもよかですよ?」
大橋先輩が、俄然身を乗り出す。案内にかこつけて、博多名物の高級水炊き店にでも連れていくつもりだろう。
「う~ん……、よかよ」
社長も先輩の魂胆はわかっているので、やんわりと拒否した。博多弁の「よかよ」は、肯定にも否定にも使える。博多っ子なら、そのニュアンスで、どちらの「よかよ」かは判断できる。
「博多ば案内してもらえんやろか。博多のイメージば公園に反映させるためにも、博多のこつばよぉ知ってもらっとかにゃいかんけんね」
「はあ、そんなことやったら、よかですけど……」
若い男性のお客様であれば、縁結びやパワースポットには興味はないだろう。デザイナーという職業を考慮して、定番コースにアクロス福岡や赤煉瓦文化館の「デザイン映えスポット」を組み入れて、最後においしい豚骨ラーメンのお店を紹介するコースを頭に思い描く。

博多駅ビル「JR博多シティ」屋上の展望テラスに立って、かなめは周囲を見渡した。博多の街は空港が近いので、高層ビルは建てられない。テラスから眺めると街はのっぺりとした印象だが、その分、遠くまで見渡せる。ビル群のすぐ向こうに、玄界灘と自然豊かな志賀島や能古島の風景がひろがって、目を癒やしてくれる。かなめのお気に入りの場所だった。お客様をお迎えしたらまずここにお連れしようと、少し早めに社を出て、「ロケハン」に来たのだ。
テラスを下りた屋上庭園は、ミニトレインもあるイベントスペースだ。奥には小さなお社があり、旅の安全を祈願する鉄道神社が建っている。参道の鳥居と神社をうまく写真の構図に入れようと、かなめはスマホを構えたまま、後ろに下がった。
「あっ、ゴメンナサイ!」
誰かにぶつかったと思って慌てて謝ったものの、相手は人ではなかった。金属製の柱だ。模様も装飾された重厚な柱は、錆付いていて何だか古めかしく、由緒正しいもののようだ。何かを支えているわけでもなく、オブジェのように立っている。
「明治四十二年の……博多驛のホームの柱?」
小さな案内板が出ているきりだ。観光客で賑わう場所で、支えるものを失った三本の柱は、行き場を求めて虚空に手を伸ばしているようにも見えて、人を拒むようなオーラを放っていた。
「さて、そろそろお迎えに行かんと」
駅ビルが新しくなったのは、高校二年生の頃だった。駅ビル改装と時を同じくした九州新幹線の開業が二〇一一年の三月十二日で、東日本大震災の影響で開業イベントがすべて中止になったのを覚えている。建物はきれいになったし、東急ハンズやシネコンも入って駅ビルだけで一日を過ごせる程だ。その代わり、駅の旅情は薄まった気がする。もしも、駅の神様みたいな人がいるのならば、今の博多駅の姿をどう思っているだろうか。
入場券を買って、新幹線ホームに向かう。
「さくら553号の、七号車……」
それらしき人物が見当たらない。降り立った人たちは、迎えなど待たずに改札へと向かってゆく。
「どげんしよう……。もしかして、もう行っちゃったと?」
不安になってうろうろしていると、スーツケースを引いて、人待ち顔の人物が……。同じ年代だろうか。その顔を見た途端、かなめの鼓動は一気に高鳴った。少しウェーブのかかった髪。我の強さを表すようなキリッとした眉と、それを和らげる少年っぽさを残した瞳。理知的な面立ちに、唇の横の小さなホクロ。間違いない!
「もしかして……博君。綱木博君じゃないと?」
いぶかしげに眉をひそめた男が、目を見開いた。
「もしかして……、かなめ? 福町かなめ……なのか?」
中学、高校の頃の同級生だった。
「久しぶり。八年ぶり……になるとかな?」
目を丸くしたかなめだが、博の驚き様はそれ以上だ。口をあんぐりと開け、唖然と呆然と愕然とを顔に貼り付けて固まってしまった。

「ちょっと、博君! どうしたと?」
顔をのぞき込むと、博は気を取り直すように大きく首を振った。
「そ……そうだな。こんなところで逢うなんて、す、すごい偶然だな」
逃げ場でも探すように、博は周囲をキョロキョロと見回している。
「何ば慌てて探しよると?」
「いや……迎えが来るって言うから、待っているんだよ」
「あら、偶然やね。私も、お客様のお迎えで来たとよ」
本来の目的を忘れるところだった。博に負けじと、かなめも周囲に目を配らせた。
「おかしいな……。博多の老舗企業の、清楚な美人OLが迎えに来るって話だったけど」
「おかしかねえ……。東京の有名デザイン事務所の、若手ホープが降りて来るって話やったとに」
二人は、しばらく呆然として、それぞれを見つめ合った。
「まさか……、かなめが俺のお迎え?」
「まさか……、博君が私のお客様?」
仕事とプライベートとの狭間で、ぎこちなくお辞儀をしあう。まさかお客様が、「あの」綱木博だったなんて……。八年離れている間に、博の身に、一体何が起こったのだろう。
「博君、博多弁、使わんようになったとやね……」
一抹の寂しさを覚えてしまう。昔より背が伸び、ブランドものの仕立てのいいスーツを着こなす博は、洗練された都会人に変貌していた。
「どげんしよう。私、博多のことば知らんお客様って思っとったけん」
定番の案内コースは、博には説明不要の場所ばかりだ。
「いいよ。もともと案内なんか断るつもりだったんだ。会社に戻れよ」
久しぶりに逢ったというのに、博は顔を背け、そっけない態度だ。
「そんなわけにはいかんとよ。そうだ! 久しぶりに逢ったっちゃけん、お茶でも一緒にせん? オシャレなカフェもいっぱいできたけん」
勢い込んで言うと、博は複雑な表情でかなめを見つめた。
「おまえ……、俺にあんなことしといて、よくそんな、平気な顔で……」
「なぁに、私がどうしたと?」
首をかしげるかなめに、博は何か言いかけ、諦めたように首を振った。
「とにかく、案内なんか、必要ないからな!」
キャリーケースを乱暴に引きずって、博は改札に向かった。
「ちょ、ちょっと博君、待ってって!」

地下鉄の祇園駅で降りる博を追いかける。向かった先は公園だった。オフィス街なので、仕事の合間にタバコを手に一息つくサラリーマンたちの姿が目立つ。遊具も何もない殺風景な公園に子どもの姿はなく、何だか寒々しい印象だった。
「この公園をリニューアルするってこと?」
黙ったまま頷く博。仕事の話なら、何とか会話もしてくれそうだ。
「わざわざ東京のデザイン事務所が出てくるごたる話なん?」
社長から話を聞いて、ずっと疑問に思っていたことだった。
「単に公園をリニューアルするってだけじゃないんだ。立体都市公園って、聞いたことないか?」
かなめが首をかしげると、博は何も無い場所に自らのクリエイトするものを夢想する表情で、公園を見つめた。
「都市にとって公園は憩いの場であり、緊急時の避難所にもなる重要な場所だ。だけど、高層ビルを建てて都市空間を高度利用しようとしている時代なのに、公園だけは地面にへばりついていて、その上の空間が利用できないんじゃ、もったいないだろう?」
「まあ、そう言われたら、そうやね」
「だから、建物の屋上空間を公園化することで、都市の利用できる空間を増やしつつ、公園の面積も減らさないっていう一挙両得を狙ったのが、立体都市公園さ。二〇〇四年の都市公園法の改正で創設された制度なんだ」
東京の首都高速のトンネルの上だとか、横浜のアメリカ山公園などの事例があるそうだ。
「つまり、ここに新しくビルばつくって、その屋上を公園にするけん、そのデザインコンセプトを決めるってことなんやね」
「ああ、それを、主任デザイナーとして抜擢された俺が、一手に任されてるってことさ。うちの会社が立体都市公園のデザインを手がけるのは初めてだから、責任重大なんだ」
気負いと自信とを同時にのぞかせる、純粋で野心家な顔だった。
「これは……?」
かなめは立ち止まった。何かのモニュメントだ。鉄道に使われるような巨大な動輪が据え置かれている。
「九州鉄道発祥の地……って、何ね、これ?」
銘板には、そう記されていた。博多駅からも離れたこの場所から、九州の鉄道が始まっただなんて言われても、ピンとこなかった。
「明治の頃の博多驛は、この場所に建てられたんだ。だけど、駅の施設や駅前空間が手狭になったから、一九六三年に駅を今の場所にセットバックして、駅前を再開発したんだ」
「ここに、昔の博多驛があったと……?」
モニュメントが一つあるきりで、駅があった名残は、周囲には何もなかった。駅ビルの屋上にあった旧博多驛の「ホームの柱」は、この場所に立っていたのだろう。三本の柱が周囲と馴染まず、よそよそしく感じたのは、本来あった驛から引き離されているからだろうか。
博は、かなめを冷ややかに見つめて、再び歩きだした。

大博通りを渡って、櫛田神社に向かう。二大繁華街である「博多」と「天神」のちょうど中間地点にあるので、街歩きの際には、博多っ子はなんとなく、「お櫛田さん」に足を向けがちだ。
楼門をくぐりながら博は足を止め、天井を見上げた。巨大な時計の文字盤のような装飾がある。「時刻」にあたる部分には、数字ではなく干支の十二支の絵が描かれている。櫛田神社名物の恵方盤だ。
「真ん中の時計の短針みたいな矢印が、今年の恵方を指しとると。大晦日の夜に、新しい年の恵方に矢印の向きが変えられるとよ」
インスタ映えするし、縁起もいいから、お客様にも必ず案内することにしていた。博は、かなめの説明を鬱陶しがるように首を振った。
「そんなこと、知ってるに決まってるだろう。さっきは九州鉄道発祥の地すら知らなかったし、それでよく、お客の案内なんか務まるな。どうせ櫛田神社でも、境内の霊泉鶴の井戸の水がしょっぱいだとか、裏手にある店の焼き餅がおいしいなんて話でお茶を濁してるんだろう?」
辛辣な言葉に図星を指され、かなめはばつが悪くなってうつむいた。
「そ……それやったら、博君なら、どんな案内ばすると?」
「まずはやっぱり、天照大神と素戔嗚命っていう二大神様を脇に従えて、一介の武人である大幡主大神が正殿に祀られていることだな。それから拝殿破風の風神雷神が、雷神が騒動を起こそうと風神を誘っているけど、風神はそれには乗らずにアッカンベーしてるユーモラスな姿も紹介したい所だ。日本初の町人図書館が開かれたことも押さえておかなくっちゃ。そうそう。神社の前の信号機が、山笠を通すために可動式だってこともトリビアとして面白いだろうな」
立て板に水で博が語る櫛田神社トリビアは、かなめの知らない事ばかりで、無能の烙印を押された気分になる。
「そうだ、プロジェクトの成功ば、お櫛田さんにお祈りしとかん?」
気を取り直して水を向けると、本殿に向かいかけていた博の足が止まった。
「俺が携わってコンセプトを出す以上は、プロジェクトの成功はもう決まったも同然だよ。神頼みなんかする必要はないよ」
博はかなめの言葉で、お参りする気をなくしてしまったようだ。

境内を裏手に抜けて、川端通商店街のアーケードを歩く。そんなに広い通りではないけれど、山笠の期間中は、高さ十メートルを超える「飾り山」が据えられるので、アーケードの屋根は中央がドーム状に高く盛り上がっていて、開放感がある。
かなめは、商店街の半ばで立ち止まった。「川端ぜんざい広場」というイベント広場があって。商店街の催しの時や週末は、ぜんざい店が開いて地元客や観光客で賑わう。広場には、山笠の「飾り山」が常設展示されていて、それが観光客を呼び寄せている。
「覚えとる? 高校生の頃、私……うち、と一緒にぜんざい食べたと」
文化祭の買い出しの途中で、実行委員のみんなで立ち寄った場所だ。気のおけない間柄でしか使わない一人称「うち」を使ったのは、その時のことを思い出したからだ。
「ここには昔、川端ぜんざいって本当のお店があったとたい。無口で厳つい三人兄弟が、とんでもなく甘いぜんざい屋をやってるってギャップが人気やったらしいよ。兄弟は亡くなったけど、相続人がおらんやったけん、跡地を商店街が譲り受けて、イベント広場にしたとげな」
実は甘い物好きだと恥ずかしそうにカミングアウトしながら教えてくれた、高校生の博の姿が浮かぶ。少したどたどしい博多弁も、当時のかなめの耳には心地よかった。
「しばらくは博多に滞在するとやろう? 落ち着いたら、食べに来んね。うちも……一緒に行ってもよかよ!」
懐かしい思い出が、自然にかなめの心を弾ませた。だが、そう言った途端、博は背を向け、肩を震わせた。
「……ああ、もう案内って体の同行はおしまいでいいよ。博多のことは、かなめよりも俺の方がずっと詳しいんだから。それに、博多のことなんか、これ以上詳しくなりたくもないからな」
そう言って、かなめを待とうともせずに、ずんずんと歩きだす。
「ど……どげんしたと、急に? うち、何か変なこと言った?」
博の変貌の理由がわからず、かなめは慌てて博の後を追った。
「あぁ……臭っせえな……」
博は鼻をひくつかせ、露骨に顔をしかめた。商店街の豚骨ラーメン屋の前だった。
「臭いって……。もしかして、ラーメンの匂いば、臭いって言いよると?」
「そうだよ。こんな下品で野蛮で洗練されてなくって野暮ったい食べ物の匂いを嗅がせるだなんて、博多の人間も何を考えているんだか」
博はやれやれという風に肩をすくめた。八年ぶりの懐かしさも消し飛んで、かなめは博に詰め寄った。
「ちょっと! 博君も生まれは東京かも知れんけど、中学と高校の六年間は、博多の男やったろうもん。豚骨の匂いが臭いげな……」
博多っ子のソウルフードともいえる豚骨ラーメンの匂いに嫌悪感を示すなんて……。だけど、博の暴言は止まらなかった。
「あーもう! 我慢してたが、もう限界だ! 会社には、博多に住んでいたなんて恥ずかしい過去は隠していたのに、よりによって会長にばれちまったからな。しかも、こんなへんぴな田舎での仕事、通いでも充分だってのに、一年間も住んでろだなんて。ていのいい厄介払いで、左遷されちまったのかな。はぁ、人生お先真っ暗だよ」
「なんてねぇ! 恥ずかしい経歴……、田舎、左遷って……。博君、いったい何ば言いよると!」
博は、かなめの言葉など取り合う気もないようだ。
「挙げ句の果てに、案内人って言ってやって来たのは、案内どころか、博多のことは何にも知りやしない、インスタ映えかグルメくらいしか頭にない女で、何の役にも立ちやしない」
博の罵倒は、博多だけではなく、かなめ自身にも及んだ。
「博君。どうしたと、急に? なして、そげん博多ば毛嫌いすると? もしかして高校の頃の……。あげん昔のこと、もう、気にせんでよかよ」
かなめがそう言うと、博は顔を歪ませ、唇をわなわなと震わせた。
「また……、また言いやがった!」
博はうめくように言って、髪をかきむしった。
「博多なんか……、博多なんか、大っ嫌いだぁーっ!」
子どものようにそう叫びながら、博はかけ去ってしまった。
「ちょ、ちょっと博君、待たんね!」
そこで、冒頭の叫びとなった次第だ。

「もう、好かぁーん!」
おばあちゃんの家に着いた途端、かなめはかんしゃくを爆発させた。
「あらあら、どげんしたとね?」
居間でテレビを見ていたおばあちゃんは、怒っているかなめを面白そうに笑って迎え、お茶を淹れてくれた。
「だって、博多のことば馬鹿にされたとよ。黙っておられんやろうもん」
おばあちゃんは博多で生まれ育った、生粋の博多っ子だ。おじいちゃんはかなめが物心つく前に亡くなり、今も博多の下町の一軒家で一人暮らしをしている。両親が共働きだったかなめは、幼い頃はおばあちゃんの家に入り浸っていた。今も週に一回は、おばあちゃんが寂しくないようにと言い訳をして仕事帰りに訪れているが、本当は、おいしい晩ご飯を食べさせてもらうのが目的だった。
「まあ、通りもんば食べんね」
テレビCMの長谷川法世さんとセリフをシンクロさせながら、世界一売れたと六月にギネス認定されたばかりの博多銘菓を出してくれた。
「おばあちゃん、このお菓子も、どこかの殿方からいただいたと?」
おばあちゃんは「うふふ」と女っぽく笑ってはぐらかす。若い頃は博多の「上物さん(美人さん)」と呼ばれ、今も美貌の面影を残すおばあちゃんは、同年代の殿方からのお誘いが引きも切らない。
「博君っちゃ、どげな子やったとね?」
通りもんを口にしながら、かなめは昔を思い出す。
「中学一年生の頃に、東京から引っ越してきたと……」
博は都会育ちをひけらかすこともなく、たどたどしい博多弁を使って馴染もうと努力していて、人気者だった。残念ながら頭のデキは大違いだったので、同じ高校に進んだとはいえ、かなめは普通科、博は特進科で、クラスが同じになることはなかった。少し気になる存在だったので、たまに廊下ですれ違っただけで、心を弾ませたものだ。
「かなめ。あんたもしかして、その博君って子、好きやったとね」
「なっ、何ば言いよると! あげなヤツに!」
かなめは躍起になって否定した。
「顔ば赤ぅしてから。でも、昔は仲良くしとったとやろうもん?」
「まあ、高校三年生の時に、一緒に文化祭の実行委員ばしたけんね」
押しつけられた実行委員の役目にも、「博多の文化を見直そう」っていう文化祭テーマにも、さほど興味はなかった。だけど最初の集まりで博が委員だとわかって、心がときめいた。博と行動するうち、ほのかに抱いていた恋心を、少しずつ膨らませていたのだ。
「博君が、突然おかしくなったとには、何か理由があると?」
「うん……。もしかすると、あの、『よかよ』事件のトラウマかなぁ」

続きはこちらから→第二話

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「博多さっぱそうらん記」とは

福岡県出身で現在も福岡に在住する作家、三崎亜記氏による新作SF小説。

1890 年の「福岡市の名前を巡る騒動」と2016 年に起きた「博多駅前道路陥没事故」から着想を得て、「博多を名付ける勢力が勝っていた世界」=「羽片世界」がもし福岡市にあったとしたら、その勢力が現実の福岡をも転覆しようとしているために陥没事故が起こったとしたら、という物語を紡ぎだしました。仮想の「羽片世界」の面白さはもちろんですが、「せいもん払い」「どんたく」「玉せせり」など福岡独自の風習も物語の骨子に組み込まれて入るため、ご当地小説としても楽しんでいただける作品です。

 

著者について

三崎亜記(みさき・あき)
福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。

2004 年に『となり町戦争』で第17 回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。デビュー作と『失われた町』『鼓笛隊の襲来』で直木賞の候補となる。そのほかの作品に「コロヨシ!!」シリーズ、『バスジャック』『廃墟建築士』などがある。

 

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